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ささやかな文化の継承こそが今と未来をつなぐ糸ではないか

朝起きて、窓辺の陽だまりを見て、
アコギの弦でも張り替えようかなと思った。
なんとなく鳴りの悪いのを、
弦のせいにしていたりしていたから。

長女に教えるいい機会だし、
彼女は最近、僕以上に僕のアコギを弾いているし。

自分で弾くギターは自分で弦を張らないと。
自分で履く靴を自分で磨くのと一緒だ。

大切なものを大切に扱うための方法を、
長女に教えた。

弦を切る時は、弦を緩めてからじゃないと、
ネックにダメージがあること。

弦を外した時にしか拭くことができない場所を、
レモンオイルで拭いてあげながら、
適度な油分をネックに与えること。

そしてどう弦を巻けば美しくなるかという美学を教えた。
美学にはチューニングが狂いにくいという機能的な道理がある。

そして次に弦を張り替える3ヶ月後、半年後には、
今日のことを忘れてしまっているので、
反復しながら覚えることの大切さを教えた。

そして僕に任せっきりなチューニングを教えた。

ピアノの低い方から2番目の「ラ」が、
ギターの5弦であること。
全部のチューニングが合うと、
全体的にはネックにテンションがかかり音が下がっているので、
もう一度同じ事をはじめからやりなおす必要があること。

長女は自分のギターが早くほしいと言った。
この子は決してねだったりはしないし、
僕も買ってあげるとは言わない。
その「いつか」をワクワクし続けている感じが可愛らしい。

「このまま◯◯(長女の名前)がお母さんになったら、
 ギターの弦を張り替えるお母さんになるんだね」と笑った。

ささやかな文化の継承。

親の知識を子どもに伝え記憶に残る。
脈々とした文化の継承というのは、
お互いが同じ時間を共に生き、同じことに喜びを感じた証なんだと思った。

この原始的な継承という営みが脈々と僕らの血を繋ぎ、
文化を創りあげてきた。

そのモチベーションは、
できることを教え、できようになる継承の喜びであり、
できなかったことが、できるようになる学びの喜びである。

この継承や学びの喜びが、
少子化により、親から子という流が難しくなっていたり、
コミュニティの崩壊で、
大人から子どもが学ぶことが難しくなっているのなら、
ここに仕組みを入れるべきだろうな。

大人の生き甲斐のために。
と、長女に弦の張り替えを教えながら思った。

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