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“非”就職希望者に、どんなノウハウを伝えても意味がない。

千葉県の高校で、
就職希望の生徒たちへのガイダンスをしてきた。
でもこの中には“非”就職希望者が多くいるはずだ。

彼らは皆と同じように進学したいのに、
保護者の経済的事情で就職をしなければならない。

進学校だと、200名以上いる生徒の中の20人未満ぐらいか。
圧倒的にマイノリティである。

就職なんて、本当は希望していないのだ。
※勿論、積極的就職希望者もいるだろうけど。

この“非”が付いてる間は、
どんなノウハウを伝えても意味がない。
そのことに気づいている人はどれぐらいいるんだろう?

高卒でも君の努力で人生はどうにでも切り拓ける。

例えそれがまやかしだとしても、
僕のMissionは、その“非”を取っ払い、
希望を持って就活に向かわせることだと思っている。

「正社員になることだけがすべてではない」

そう言いたい気持ちはよ〜くわかる。
しかし、この国の国民として生きていこうと思うなら、
正社員にならなければ、サバイバルは相当困難を極める。

“非”就職希望者という後ろ向きな若者が、
この国をサイバイブしていけるほど、この国は甘くない。
それが現実だ。

しかし、生徒からこの“非”を剥がすのは、
そんなに簡単なことじゃない。

うちは貧乏だから、俺は高卒だから…。
或いは、◯◯高校だから、定時制だから、などなど。
彼らは言語化しようがしまいが、そんなことを思っている。

誰もそんなこと気にしちゃいないのに、
自分が一番気にしていて、もうダメだと諦めてる。

これまで多くの若者に出会ってきて、
“非”就職希望者の困難性はまさに以下だと思う。

人は、人に貼られたレッテルは、
努力や頑張りで剥がすことができるけど、
自分で自分にレッテルを貼ってしまうと、
努力や頑張りができなくなり、
自分では剥がすことができなくなる。


レッテルとは「限界設定」だ。
自分で、自分自身の限界設定を「ここまで」としてしまう。
そうすると、本当にそこまでになってしまう。

人に設定された限界は、
「ざけんじゃねえよ!」とぶっちぎれるけど、
自分で決めてしまった限界は超えることができない。

だから、そのレッテルを引っぺがす誰かが必要なんだよ。
そして、僕がその誰かになれるならなりたいと思っている。

ざわついていた教室が、
徐々に集中力を増していくあの感じ。
うなだれいていた生徒が上目遣いで、僕を試すように見ている。

僕はこのノンバーバルなコミュニケーションから、
その希望を多少なりとも感じている。

信じていい大人としてそこにることは、
すごく大変なことだ。

きっと僕だけじゃどうにもならない。

年間行事のヒトコマとして、
いきなり現れても何ができるわけでもないだろう。

チーム大人として、
僕らは若者たちと対峙しなければならない。
そのプラットフォームを作りたい。
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