NPO法人文化学習共同ネットワークの藤井さん@ユースワーカー研究会

藤井さん

ユースワーカー研究会(YWKEN)のゲストは、
NPO法人文化学習共同ネットワークの藤井さんだった。

藤井さんには、僕らYWKENが導き出した、
ユースワーカーに必要な5つの力」である、
センス、スキル、マインド、ミッション、社会性について、
多少の混乱をしつつも、熱く、自分自身に問うように話してくれた。

実はこのブログにメモ書きとして書き込みながら、
研究会終了時点でアップしようと企んでたのに、
ネット環境の不調により、その書き込みは全部消えてしまった。

でも、なんかそれでよかったような気がしている。

思い出の写真のデータがぶっ飛んでも、
この目に焼き付いた景色は忘れないぜ、みたいな。
そんなグッド・バイブレーションが僕の中に残った話だった。

だから、純粋に僕の中で感じ、
残ったことだけを書いてみたいと思う。
ただ、そんな記憶力がいい方ではないので、
とても抽象的なものになりそうだけど…。
※藤井さんの使っていたであろう言葉には、“ ”を入れておく。

藤井さんは、団体のミッションというのは、
”社会の変容に応じて変化し、洗練されていくもの”と言う。

そう、僕らは宗教じゃない。
普遍の教えを説くわけじゃないんだ。
ユースワーカーである“僕らも格好悪くて情けない大人の一人”として、
自分も、どう社会の一員として生きていくかをもがいている。

その“ダメな自分を引き受けていく” 姿を若者たちにも見せながら、
共に社会を創り上げていく仲間として若者たちと対峙し、
若者たちにも、自分自身を引き受けてもらわなければならない。

藤井さんはよく、「うち(文化学習協働ネットワーク)は時間がかかる」や、
「うちは時間をかけるから」ということを言うんだけど、
ここの逡巡にとことん付き合うことに、多くの時間とエネルギーをかけ、
スタッフ、若者ともに腹を括り、覚悟をしていく時間なんだとわかった。

その“もがきの中にこそ希望があり”
その「もがき」という営みを、
“自分たちの社会を作る同じ構成員として若者を受け入れ、一緒にもがいていく”

そこにとことん付き合っていくのがユースワーカーの仕事であり、
僕らは、“希望を外から与えようとしてはいけない”

“ダメな自分をあきらめて(明らかにして)頑張るしかない”

藤井さんが引用して、参加者の共感と感銘を与えていたこの言葉。
僕はこの言葉をこんな風に解釈した。

「ダメな自分にしっかり向かい合い、自分が何者で、何がしたいのかを明らかにし、自分自身にもがき、希望探しを頑張るしかない。それは一人じゃ苦しくて、辛くてとてもできやしない。だから誰かが必要なんだ」


“だから僕らは社会というものを作る必要がある。
しかし、その社会を怖いと言っている若者たちがいる。”


ユースワーカーは、社会と個人の接点を作る仕事なんじゃないかと、
藤井さんから連発される難しい単語の中からw、
僕は改めてシンプル(単純)なことを思う。

そして、ユースワーカーは、
“若者の外側からルサンチマンや怨念を煽るようなやり方で、
若者をコントロールしようとしてはいけない”。


それは、若者と社会との接点を作ることではなく、
若者とユースワーカーとの接点を作ることでしかない。

若者たちと対峙しながらカタルシスを得ていた自分に、
20代だった藤井さんは、はたと気づく。

自分は何のためにこの仕事をしているんだ?

僕はこの自問が「マインド」を創りあげていくんだなと思ったし、
藤井さんはこの問いを未だに問い続けているんだと思った。
改めて、藤井さんを僕はリスペクトしている。

藤井さんと僕の付き合いは長くて、
前職のNPO法人時代から始まる。

まず確実に言えることは、
僕らはまったく別の法人格の「ミッション」の下で活動してきたということ。

目指すゴールが違ったのか、そんな変わらなかったのか。
NPO法人を辞めた今の僕にはどうでもいいことだが、
昔から変わらず、今の僕と、藤井さんは凄く相容れることができる。

藤井さんの話を聴いて確信したことは、
ユースワーカーは子どもや若者に育てられるということ。
僕らが相容れることができるのは、
子どもや若者を写し鏡として、純粋にユースワークを行い続けてきたからだと思う。

おわりに。

労働政策では、必ずしも若者を写し鏡にすることはできない。
そこには成果があり期限があり評価がある。

業界では、40代の僕と藤井さんはどうやら第2世代と言われているようだ。
若年者就労支援の分野では、
第2世代である僕らが、委託事業が始まる前の世界を知り、
純粋に、時には保護者も排除しながら、
若者だけを写し鏡にユースワークが出来た最後の世代なのかもしれない。

そこを見てきているが故の葛藤を僕らは背負い込んでいる。
第1世代のカリスマではない僕らの役割は何だろうか。
終電が近づき時間切れとなってしまったが、
改めてそんな議論をしてみたい。
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