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暴力で教育なんかできないんだよ。 優しさでしか人は変わらないんだ。

あまり気乗りしないけど、
ちょっと避けてた「体罰問題」について、
僕の経験と、僕なりの考えを、ちゃんと書いてみたいと思う。

僕自身が子どものころ、
母が再婚し、血のつながりはない父から、
今思うとけっこうな体罰を受けていて。
多分、中学の三年間が一番酷かったんじゃないかな。

今、父は歳も取り丸くなって、
そんな過去を跡形も感じさせないから
いまさら書きたくないんだけど…。
僕の経験が誰かの気付きになることを願い、書いてみたいと思う。

それはいつも酔っ払ったときだったと思う。
僕が口答えをしたり、気に喰わないことをすると、
正座をさせられ、父の「わかったか」に対して「はい」というまで
平手打ちをされていた。

僕は簡単には「はい」と言わない頑固な子どもだった。
涙を流しながら、黙って平手打ちを受けていた。
なんとなく、父親として受け入れていない自分もいたような気がする。

どうやってあの説教はいつも終わっていたのか?
覚えていない。
根負けしたのは僕の方だったたのか、
父の方だったのか?

そもそも、何をして怒られ、僕は何がどう成長したのか、
僕は何も覚えていない。

体罰とは悔しさや恨みしか残らないのだ。

僕は高校でタバコを3回捕まった大バカヤローだ。

1回目は訓告。パートを切り上げて母が高校まで迎えに来て、
頭を下げていた。担任からは力任せの平手打ちをもらった。
まあ、いわゆる体罰。

2回目は停学。この時も殴られた。
一週間だったか、二週間だったかもう忘れたが、
停学の間ずっとゲーセンに入り浸って、やっぱりタバコを吸ってた。

3回目は、部室でタバコを吸っているところへ、
顧問の先生が入ってきて、全員が平手打ちされた。
僕が退学になることを知ってて、
先生の胸のうちに仕舞ってくれた。
その代わりのビンタ(体罰)だと先生は言った。

何をされても僕は変わらなかった。
高校なんて辞めてもいいと思ってた。
「Nothing Gonna Change My World」
そんな歌を口ずさんでいた。

でも、あの時辞めなくて良かったって、本当に思ってる。
だから、今、目の前の中退しそうな生徒を、
本気で止めたいと思える。

何回目の時だろうか。多分2回目か?

学校で平手打ちされ、家に帰ったら今度は父親にやられる、
そう思うと憂鬱で家に帰りたくなかった。

夜になり、父が帰って来た。
ぶっ飛ばされるだろうと覚悟を決めていた。
母が報告しているのが聞こえる…。

ワイシャツを脱ぎながら、
まだシラフの父が僕に言った。

「俺も高校生の時から吸ってたけど、捕まるようなドジは踏まなかったぞ。
もっと上手くやんなきゃだめだよ」と、福島の訛りで言った。

優しい目だった。
微笑んでもいた。
それが意外だった。

その時から、僕は父親を尊敬できるようになっていった。
許された時のデカさみたいなものに、
やっと甘えられる場所を見つけたような気持ちだった。

ある時のドライブで、父が運転しながらタバコに火が点かなくて、
僕が軽く吸って点けたのを、父に渡したなんてことを覚えている。

何で平手打をされたのか、
今となってはなんにも思い出せないけど、
この殴られなかった時の記憶は、
今も明確に覚えている。

暴力で教育なんかできないんだよ。
優しさでしか人は変わらない。


それから僕は結婚し、男の子を授かった。

親に殴られて育った僕は、
子どもに体罰をすることに対する罪悪感がなかった。

いや、あったな。

(よっぽどの時にしか手は出さなかったと思うけど)
それよりも先に手が反射的に出てしまう。
子どもが本当に可愛くてしょうがないのに。

ある日、言葉をしゃべるようになった息子が、
僕に叩かれ、泣きながらこんなようなことを言った。

「僕は動物じゃないんだから、口で言ってくれればわかる。
だから叩かないで」
と。

その昔、僕も父に泣きながら言った言葉と同じ言葉だった。

自分があれほど嫌だったことを、
愛する子どもに無意識してしまっていた。
それに気づき涙が出て、息子を抱きしめながら謝った。

僕はあの日以来一度も手を上げていない。
息子はもう叩かれたことがあることすら覚えていないという。

暴力は連鎖するんだ。
自分より弱い相手を見つけて仕返しのように。


いま、体罰が問題になっている。
一人の高校3年生が自殺をしてやっと問題になっている。
されてきたことをすることが当たり前だから、
問題にもならないできたけど、もうこれで止めにしよう。

体罰に教育的効果なんてない。
悲しみの連鎖を生むだけなんだから。


最後に、話をひっくり返すかもしれないエピソードをひとつ。

高校生だった僕が、また何かとんでもないことをしでかした。
それに母が怒った。
母も怒る人だったが、殴られたことは一度もなかった。

そんな母に平手打ちをされた。

痛くなかった。

痛くなかったことが悲しかった。
本当に悪いことをしてしまったんだと、
母を怒らせたのではなく、悲しませてしまったことに、
凄く反省した。

もう二度と、母を悲しませるようなことはしないと、
僕はこっそりと誓った。

これもはっきりと覚えている。

でもこれは、体罰教師の逃げ道である、
「愛のムチ」というテクニカルなものではない。

僕はカウンセラーだ。
テクニックで超えられる一線と、
テクニックで超えられない一線がある。

こういうことが、なぜわからないんだろう?

「愛のムチ」なんてことを言ってる教師は、
その一線すらわかっていない、低能な教師の使う言葉だと思う。

2013年1月 自戒を込めて。
石井正宏

亡くなった高校生のご冥福を心よりお祈り致します。
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