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「保護なめんな」ジャンパーはケースワーカーの特攻服

小田原市職員「保護なめんな」ジャンパーで受給世帯訪問というニュースについて、ぼくなりに思うところを書いてみたい。

その前に。ぼくもいろいろなケースワーカーと連携したり、公私を超えた付き合いをさせてもらっているけど、みんないい人たちだ。だから、ケースワーカーを十羽一絡げに批判するつもりはないし、それは間違っている。

さて本件。エンブレムのデザインや、黒地にゴールドというカラーリングの趣味感、バックプリントの英文メッセージ、「生活」「保護」「悪撲滅」「チーム」の頭文字をからなる「SHAT」という略語感、トドメの「なめんなよ」のローマ字化。

もう、ヤンキー臭がぷんぷんして、ゴミ箱に入れて蓋をしたいくらいだ。ぼくなら、まだカーキや紺のドカジャンを選ぶだろう。これは恥ずかしくて着たくないし、ましてやお金を出して買うなんて!と思った。

このブログ投稿のモチベーションは実はここにあって。なんとなく、このジャンパーをカッコいいと思うか、思わないかに、ヤンキーかそうではないかの境界線があるような気がしてならなかった。

そして、なぜこの福祉事務所がヤンキー的選択を取ったのか? あるいは(恐らく無意識的に)取らざるをえなかったのかについて思いを巡らしてみたいと思う。

なぜ、誰も注意しなかったんだろうか?

この件は、けしからんジャンパーを着て生保世帯を訪問したことで批判されているが、このジャンパーのデザインを起こした2007年の時点で、その精神性はなんらかの異常性を孕んでおり、それが10年間の歴史を持ってしまった、はたから見たら非常に異常で微妙な出来事だ。

なぜ、誰も注意しなかったんだろうか? あえて仮説的に言えば、ヤンキー的連帯感がそこに生じていたからに他ならないような気がする。

このジャンパー、もともとは2007年のワーカー切りつけられ事件で、士気の低下した職場の「気分を高揚させ、連帯感を高める」ために作られたという。そう、このジャンパーはある種のワーカーたちにとっての「特攻服」だったのではないだろうか。

士気低下の問題は多かれ少なかれ、どこの職場にもあり、さまざまな解決策が試みられ続けているわけだけど。この福祉事務所の取った解決策が非常にヤンキー的だったことと、それが了承され、歴史を持ったことは、考えるになんらかの功を奏していたに違いない。

たぶん、これを着ることで「気合」が入ったんだろうな、ということと、生活保護のケースワーカーという業務が「気合」を要するものなのではないかと、ぼくは推測する。

「気合」を入れなければ立ち向かえない現場がそこにある?

ぼくはここに関心がある。例えば、ぼくが週に一度勤務する横浜市内の社会に出づらい若者が利用する居場所事業所。オフィス機能は一階にあり、二階が居場所になっている。さて、ぼくは二階に行き若者と対峙する前に「気合」を注入しているだろうか? 

まあ、していない。

あるいは、同市の別機関での月に二度、相談員を務めているが、相談者と会う前に「気合」を入れているかといえば、やはり入れていない。

しかし、過去に10年間務めたNPOでの、ひきこもりの若者に対する家庭訪問支援時には、「気合」を入れていたような気がする。

自分には「気合」という言葉は馴染まないが、全身の神経を研ぎ澄まし、どんなことにも対応できるようにしていた。ヤンキー的リアリズム言語で言えば、やはり「気合」入れて取り組む仕事だったように思う。

ハズレくじで就いたケースワーカーたち

実はぼくも、都内某区で生活保護世帯の若者に対する家庭訪問支援をしていた時期が3年ほどある。この3年間の間に、ぼくは新人ワーカーの初任研修の講師を務めたり、定期的に開かれるケース会議への出席、そしてケースワーカーとの訪問支援を行っていた。

この時に驚いたのは(もう10年近く前なので今は違うかもしれないが)、ワーカーたちはみな一般職で入職し、配属がたまたまケースワーカーになった人たちだったことだ。まるでハズレくじでも引いたかのような生気のない研修態度がそれを物語っていた。

そんな彼らが福祉事務所の配属を「懲役4年」と言っていたのが未だに思い出される。

4年我慢すれば、本庁で仕事ができる、それまでの我慢。それはムードとして、ワーカーがまとっていたオーラとなっていた。中には、定時制高校の教員を好んでやるような先生たちの感覚に近い、良くも悪くも職人気質な感じのワーカーもいたが、恐らく全職員の中では変わり者の部類だったんじゃないだろうか。

ある時、いっしょに訪問に行ったワーカーが、団地の一室の扉を5回、内側にいる人間に対する思いやりを一切感じさせないような、棘のある叩き方でノックをした。そこには福祉的なマインドが微塵もなかった。そんなワーカーが担当になってしまった世帯も気の毒だが、今思えば、やりたくもない仕事に配属されたワーカーも気の毒だ。

ぼくの持論はこうだ。ワーカーをしっかり育成し、ワーカーを今の倍にする。一人当たりの担当ケースを半分にする。倍になった人件費よりも、ケースワークの成果により、保護を必要としなくなった人たちに払わずに済む保護費、彼らが納税者となって納める税金は上回る。

ケースワークのできないケースワーカー

彼らは二つの意味でケースワークのできないケースワーカーだった。ひとつはマインドを持ち合わせていないこと。ここの教育を端折られた未熟さ。あるいは誰にでも出来る仕事だと考えているトップの発想。そしてもうひとつは彼らの抱える世帯数が80世帯を超え、多い場合だと120世帯ものケースも抱えているワーカーもいた。要するに正しくケースワークするキャパを越えてしまっているのだ。。

ベテランのワーカーに「何世帯くらいがケースワークができる限界なのか?」と質問したことがあるが、その答えはうっかり失念してしまった。確か、30〜40世帯だと言っていたような気がする。

そもそもケースワーカーは足りていない。目をつぶってやり過ごしてしまうか、「気合」を入れなければできない仕事になっているのではないだろうか。

ここでジャンパー事件に戻るが、この「気合」が必要だったワーカーは、面倒臭いことに目をつぶってやり過ごすタイプの人たちではなく、「気合」を入れて、コトに取り組んでいる、ある種の真面目さを持った人たちだったのではないだろうか。

この真面目さをヤンキー的リアリズムで表現したとき「HOGO NAMENNA」に行き着き、命を賭した特攻服に身を包んでママチャリで町に出ていたのではないだろうか。

この問題は、生活保護世帯の膨張と、その対応に遅れを取っている福祉行政の狭間で、死に物狂いでケースワークをしようとした結果だった。そこに土地柄なのかはわからないが、日本のマジョリティであるヤンキー(斉藤環『世界が土曜の夜なら』)の気質を持ったケースワーカーがいたってなんら不思議ではない。

彼らにとっては、そんな状況で不正受給をする、つまりヤンキー的リアリズムで言えば、ハンパなことをして連帯を崩すごく一部の人たちが許せなかった。その結果があのジャンパーなのではないだろうか?

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