「誰もが力いっぱい生きられるために」早期の人種差別撤廃施策推進法案の成立を希望します。~ヘイト・スピーチの正体は無知の恐怖だ~

「心は殺された」在日3世が意見陳述 人種差別撤廃施策推進法案の記事を読み、とても悲しい気持ちになり、中学から高校に進学した頃の町屋の恐怖を思い出した。

中学生だった30年前の葛飾金町。ぼくは高校入試を無事に終え、電車通学で都内に出ることが決まった。しかし、ある友人に言われた言葉により、千代田線で町屋を通過するのが怖くてしょうがなかった。

誰に言われたのかは忘れてしまったが、町屋で朝鮮人のヤンキー(当時はツッパリと言ってたかな)に絡まれたら、鼻の穴から割り箸をズボッと入れられる。その割り箸をドンと押すと目玉が飛び出る。そういうことを平気でする奴らだから気をつけろよ、みたいなことを言われた。

差別とは未知への恐怖から生まれるのだと思う。そして、固定観念は未知なものへこそ生まれやすい。固く握った拳で作る恐怖へのガードには深い検証などの入る余地はない。

朝鮮人のヤンキーはぼくにとっての未知そのものであり、表面上へっちゃらな顔をしていたぼくだったが、あっさりとその話を信じ込み、ビビりまくっていた。

高校時代は、千代田線で町屋を通過するたびにビビっていたぼくであったが、その後、専門学校でたまたま隣の席になった在日朝鮮人の女性と5年間の同棲をした。高校時代、千代田線で町屋を通過するたびに在日のヤンキーにビビってたぼくがだ。

中学でビートルズにはまったぼくは、高校生になりビートルズのソロ作品に手を出すようになった(とはいえジョン専門だったが)。ジョン・レノンにより差別について学び、国境なんかなく、肌の色なんか関係ないと教わった。今はこの記事の舞台となっている川崎の桜本にも仲間がいるし、外国にルーツを持つ子ども・若者を支援している仲間も多い。

桜本のヘイトスピーチから子供たちを守るために、街中にデモが入ることを阻止しに行った仲間もいるし、メガホンを持って、「俺たちはウジ虫じゃない!」と叫んだ仲間もいる。ぼくの大好きな韓国料理店もある。

ヘイトスピーチをする人たちは無知の恐怖によってビビってた中坊だったときのぼくだ。それがそのまま大人になり団結し、やられる前にやっちまえと叫んで、平和な町を練り歩き、なんの罪もない人々に不安や恐怖をばら撒いている。

駅のホームで背中を押される恐怖に怯えている子供たちの心が彼らにはイマジンできない。

そんな危険な街に子供たちを送り出す母親の不安な気持ちを彼らにはイマジンできない。

子供たちを守ることのできない父親のふがいなさを彼らにはイマジンできない。

生まれた場所や、名前や文化だけで排除される矛盾を理解できずに苦しむ子どもたちをイマジンできない。

ヘイトスピーチを阻止することができなかったぼくの仲間たちの心をイマジンできない。

もしも、ぼくの友人にヘイトスピーチに参加している人がいたら、サシ飲みして言ってやりたい。「想像してごらん」と。

この法案は、野党がすでに提出している人種差別撤廃法案が継続審議中で、自民・公明両党も、ヘイトスピーチを規制する法案を今の国会に提出する方針だそうです。改めて、ぼくはヘイトスピーチに反対です。早期の人種差別撤廃施策推進法案の成立を希望します。
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