すべてのビビリに捧げる長曾我部元親の名リフレーミング

自由奔放に生きているように見えて、かなりのビビりな石井です。
「ぴっかりカフェ」の前の日なんかは、明日は運営が上手くいくだろうかとソワソワしてしまいますし、講演会の前半は声が緊張で震えたりもします。
そしてぼくが相談にのっている若者たちを思い返すと、まあビビりです。みんな、すこぶるビビってます。 
ビビりは紐解くまでもなく、すべからず未知なものへの恐怖です。その得体のしれない未来を想像してビビるんです。
そんなビビりに捧げたくなるような名台詞が、司馬遼太郎の『夏草の腑』にあったので紹介したいと思います。
 臆病者こそが智者の証拠であり、臆病こそ知恵のもとである。知恵がある者でなければ臆病にはならない。(中略)勇気などは、天性のものではない。臆病者が、自分自身を練り、言いきかせ、知恵をもってみずからを鼓舞することによってかろうじて得られるもので、後天的なものである。 
by 長宗我部元親

長曾我部元親自身も子どもの頃は「若姫子」と呼ばれるビビりだったそうです。
そんなも元親が、四国を制覇する戦国武将となる前夜に、妻の奈々に自分がビビりであることを告白するのがこの引用です。
 ちなみに「智者」辞典を引くと意味は以下のようです。
①物事の本質を知る人。道理をわきまえた人。 「 -の教え」
②〘仏〙
㋐仏・菩薩・高僧など,真理を知ったもの。
㋑教義や経典などの知識に通じた僧。

智者=ビビりです。自信を持ちましょう。ただ、自分自身を練り、言いきかせ、知恵をもってみずからを鼓舞することが出来ないと、智者にはなれず、ただの臆病者です。  
そんな人たちは、是非、相談員とかカウンセラーと呼ばれる人たちを頼ってみて欲しいと思います。
ぼくら相談員というのは、自分一人では練れないものを一緒に練り上げるお手伝いをし、本人の経験の不足からくるイメージや情報の不足を穴埋めし、そっと背中を押し、優しく鼓舞します。
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