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発達障がいの若者とぼくの回想 〜あのころのミラクルをもう一度〜

発達障がいの若者と、ぼくの出会いは2000年に遡る。当時、若者支援の現場にはまだ発達障がいという言葉は流通していなかった。

「あいつはなんなんだろうな?よくわからないんだよ」と現場は頭を抱え、「自己紹介は全然出来ないくせには作業は人一倍にできた」という報告にますますわからなくなった。

そこに「あいつは発達障がいだよ」と言うヤツは1人もいない。

故に「発達障がいだからしょうがない」という言葉では逃げられなかった時代でもあった。だからぼくらは頭を抱え知恵を絞った。あの葛藤の日々が今の自分を作ったのだと思っている。

求められる支援成果としての就労と、若者が抱える生きづらさの狭間で、あの頃の支援者は悩んでいた。

でも、今思うと随分あっけらかんと悩んでいたように思う。

なぜなら、「なんとか工夫すれば働けるようにはなるだろう」と、決して働けない人とは見ていなかったし、よく付き合い、可愛がっていたなと思う。まあ、これが苦痛だった若者もいただんだろうなと今になってわかるんだけど。

そんな日々の中で、今思えば発達障がいの若者が雇用されるのを多く見て来た。スタッフは飛び上がって喜んだものだ。

ぼくはそれを冗談まじりに「ミラクル」と呼んでいた。

偶然起こる単純な「奇跡」とは別物だからだ。

それは偶然を必然に変える本人の能力が引き起こすもの。そんな支援をしていた自負もある。

よく付き合い、可愛がることで、一度もスポットライトに当たったことのない若者にスポットライトが当たり、自己肯定感が育まれた、その結果の「ミラクル」。

今の就労支援機関では、そのミラクルが「あいつは発達障がいだよ」の一言で起きなくなってしまった。

そのミラクルを起こすのが「スキッパー」のような親の会ではないかとぼくは期待している。

 (株)シェアするココロ 石井正宏

上記は、9月に行う発達障がいのお子さんをお持ちの親の会、日野・発達障害を考える会「スキッパー」さんでの講演会に先立った、ぼくの挨拶文に加筆したものです。
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