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支援者が「したい支援」と相談者が「されたい支援」のすれ違い〜趣味的な仕事はもう止めにしないか?〜

支援者が「したい支援」と、相談者が「されたい支援」がドンピシャに同じなら、両者にとってこれほどハッピーなことはないだろう。しかし、現実にそんなことはどれくらいあるのだろうか?

例えば、「安定した仕事に就きたい」という主訴を単純化すると「お金が欲しい」ということになり、「対人関係が上手く築けない」という主訴なら「友だちや恋人が欲しい」ということになるだろう。

でも、ぼくのような相談の仕事はセレクトショップではないので、「それならこんなのはいかがでしょう?お客様にぴったりだと思いますが」と、ダイレクトに問題解決につながるモノやコトを提供することはできない。

ぼくらができることは、問題解決につながるモノやコトを得るための方法を、こんなやり方はどう?と提案し、その提案自体を阻害している要因を分析し、解決するお手伝いしかできないわけである。

要するに、魚をあげるのではなく、その方にあった魚の釣り方を教えてあげるしかないのだ。これは良心的配慮ではなく、こちら側、即ち支援者の限界としてそうせざるを得ないのである。

こういう有様だから「したい支援」と「されたい支援」はズレることを常としていると考えた方が自然だ。しかし、そうは思わない支援者や支援機関が多いのが実態なんじゃないかと思う。

このズレを出来るだけなくすためにインテーク(事前面談)などがあるようだが、これがそもそも「されたい支援」ではなかったりするから、支援というのは本当に難しいものなのである。それにも関わらず、規則として「したい支援」をしてしまう私たちって…(この辺から自戒を込めていきます)。

このズレが、時に残酷なほど相談者を傷つけてしまうことがある。私たち支援者がタチが悪いのは、ここに悪意がないことである。こういうのを「善意の押し売り」というのではないだろうか。

クライエント・ファースト

クライエント・ファーストとは、支援者が「したい支援」をするのではなく、クライエント=相談者が「されたい支援」を最優先に提供するということを指す言葉である。

ただこれも、若過ぎて情報があまりになかったり、パニック状態に陥っていたり、無自覚の共依存だったり、例を挙げたら切りがない理由で客観性を欠いた状況に置かれた相談者が求める「されたい支援」というのは、支持できないものが多いのも事実である。

これをクライエント・ファーストという体で、本人に寄り添いながら、やんわりとしたトライ&エラーの中で、本人が気付いていくことに“付き合う”こと、こそ自体がクライエント・ファーストということではないだろうか。でも、ここを大幅に端折って、「したい支援」をしがちですよね。

いずれにしろ相談者の複合的にこんがらがった問題をすべて受け切れる支援機関も支援者は存在しない。ましてや、縦割りの行政委託事業では、狙いに沿った相談員の専門性の配置から外れた層の相談も多く寄せられ、キャリアカウンセラーがそのスキルをまったく発揮できない就労支援の現場は腐るほどあったりする。

そうなると、どう考えたって「したい支援」は、そうそうできるものじゃない。ここに支援者の自己実現の壁が立ち塞がることになる。

◯◯士になりたかったのか、悩んでる人の救いになりたかったのか?

初期衝動は、悩んでる人を救うのが目的であり、その手段として○◯という学問を手段として学んだのに、専門性を獲得した途端に、手段が目的化し、すべてを専門内で捉えるか、捉え切れない事象を排除てしまいがちである。そんな専門職との仕事は本当にストレスが多いんだけど、他人事ではないのではないだろうか。こういうところにも「したい支援」をしてしまう背景がある。

ぼくはそういう人たちを「趣味的な仕事」をする人たちだと呼んでいる。もっと下品な言い方もあるが、それはご想像に任せよう。

クライエントに求められている「されたい支援」に、専門性のバランスを崩しながらも食らいつくなかで、はじめて心療内科にドキドキしながら足を踏み入れたり、ペコペコしながら福祉事務所に同行したり…、クライエント・ファーストは私たち自身を成長させる。

また、バランスを崩した危機的状況の中で、自分よりも上手くこなしそうな専門家や支援機関に必然とリファーが必要になる状況で、ネットワーク構築の大切さや、フェイストゥフェイスの有り難みがわかるようになっていく。個人的にはこの循環(シェアするココロ)があれば、ぼくらのソーシャルセクターというのは、必然的に成長するものだと思うんだけど、これが案外出来ないんですね、私たちは。

よって、今日も相変わらず「したい支援」を、求められてもいないのに支援者は訳知り顔でしてしまい、相談者に苦痛を与えてしまっている。そして、相談者は無料だからしょうがないと、負のフィードバックをしないわけです。通常の消費行動ではあり得ない歪なパワーバランスが、ぼくらと相談者との間にあることさえ、想像できていないのです。

最近、某介護施設の職員の方から聞いた言葉で「資格よりも人格」というのがあって、まあ、ぼくは無資格支援者なのですが、肝に銘じたいと思います。以上、自戒も込めて。
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