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学校と社会の間の汽水域~「ラーメン屋さん?」から考えるインクルーシブ教育~

ある日のこと。「ぴっかりカフェ」(ぼくが代表を務めているNP法人Oパノラマが、神奈川県立田奈高等学校の学校図書館で週一回開店している交流相談カフェ)の不足物を調達しようと、黒いエプロンをして校内を歩いていました。

ぼくを見つけた女子生徒が不思議そうに首を傾げ、「ラーメン屋さん?」と言って、派手な付けまつげをパタパタさせ、可愛らしく微笑みました。

出来る限りカフェの店員ぽいっ格好をしてきたつもりだったぼくは「チッ!」っと舌打ちして、「ちげーし」と高校生風に切り返し、「図書館でカフェやってるからおいで」と言って、急ぎの用を済ますためにスタスタと歩き出しました。

ふと思ったことを、ぽろっと大人にぶつけちゃう “ライトなこの感じ” について、なんとなくぼくの中に違和感があったので、歩きながら考えを巡らせてみました。自分なら「ラーメン屋さんがなんでこんなところに?」と思っても、「ラーメン屋さん?」とはぜったいに言わないだろうから。

ぴっかりカフェでは、初めて来た学生ボランティアたちが、すっと生徒たちの輪の中にいたりして、初日とは思えないくつろいだ雰囲気にちょっと嫉妬を感じるほど楽しげです。ぼくはこのマジックはなんだろうとずっと思っていました。

観察していると、学生が生徒の輪の中に入ったのではなく、学生のまわりに生徒の輪ができてたりする。「いつもいないこの人誰?え、先生?」と近づいていく。この好奇心に抗えない無防備な衝動性が、「ラーメン屋さん?」となるのだろうと思います。

先月、3年前に卒業し、就職した卒業生(成人)と久しぶりに会って飲みました。金はあるけど時間のない社会人生活で20キロ太った彼はカシスウーロンを飲みながら社会の厳しさをポツリポツリと語り出したのです。

その前置きが「オレ、人って優しいんだと思ってたんすよ。田奈の人たちってみんな優しいじゃないですか。でも、社会に出て優しい人ばっかりじゃないんだなって気付いて…」と、めっちゃイノセントで抱きしめてしまいたいようなことを言ったのです。

ぼくはこのイノセントな言葉の中に、改めて生徒たちのノーガードな無防備性と、田奈高校が(その多くはインフォーマルに)実践しているインクルーシブ教育のひとつの到達点を見たような気がしました。それが「ラーメン屋さん?」であり、優しい人を前程にボランティアに近づく生徒たちのライトな感じなのではないでしょうか。

彼ら、彼女らは、少なくとも「学校の中の大人は優しい」という大前提を持っている。これがマジックの正体じゃないかと思ったわけです。そして、これこそがインクルーシブ教育のゴールであり、スタートなのかと、教育の専門家ではないので的外れな発言かもしれないけど、ぼくはそう理解しました。

学校の中の彼らの無邪気な笑顔に、ぼくは多くの希望を感じるわけだけど、社会は残念ながらエスクルーシブ(排除的)にできています。卒業生はそのギャップに打ちのめされていたわけですね(でも彼は結局優しい先輩に救われているというオチがつきホッとしました)。

川と海の境目には、淡水と海水が入り混じる汽水域というものがあります。ぼくはよく田奈高校を川に例え、社会を海に例えて考えます。汽水域がない川と海の境目がもしもあるのなら、川に住む生き物にとっても、海に住む生き物にとっても、その境界線は相当にサバイバルな命がけのエリアとなるでしょう。

そこで、ぼくらのような外部支援者や、生徒を職場体験やバイターンで受け入れて下さっている企業が汽水域となることが、教育と雇用の境界線をサバイバルで命がけなエリアとしないために、とても重要な機能になるのです。

インクルーシブ教育の理想を実然するためには、このような外部を活用した汽水域を設計の段階から組み込み、地域ごとの状況にあったプロデュースをしていくことが大切なのではないでしょうか?
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