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ティーンエイジャーたちの貧困と早婚=若年出産について、ぼくたち支援者ができることは何か?

ぼくの母(中卒)は、18歳でぼくを身ごもり、19歳になってすぐにぼくを産んだ。その1年後に弟も産み、28歳で離婚している。ぼくは勉強ができず都立の最底辺校にギリギリ入学した…。そんな貧困と早婚=若年出産のステレオタイプな自身の生い立ちと、課題集中高校の生徒たちの生い立ちはモロ被りだったりします。

ですので貧困と早婚=若年出産についてはよく考えるテーマのひとつなんですよね。なので、今度、NPO法人パノラマの理事で臨床心理士でお母さんの鈴木晶子さんにお願いして、高校内でこんなイベントを開催することにしました(汚い字はぼくです)。
赤ちゃん企画写真は、神奈川県立田奈高等学校内で毎週NPO法人パノラマが運営している「ぴっかりカフェ」。

この企画の内容はともかく。子どもが産まれて心が豊かになれる人と、残念ながらなれない人がやっぱりいます。豊かに慈しみを持って子育てできてる人たちには、その地盤となる経済力があって。或いはそれを補うバイタリティーや社会関係資本があるように思います。その経済力もなく社会関係資本がない若いお母さんの赤ちゃんは、あっという間にお荷物になってしまう…。

これは、核家族化と農業を含む自営業の衰退というこれまでの子育て問題に加え、低学歴ほど家族の生活援助を受けられないというデータが示すように、親世代が自身の人生に翻弄されているため、誰にも頼れない若いお母さんがますます孤立していくという状況があります。

貧困の場合、そこに離婚や暴力が追い打ちを掛けることが多く、精神的なダメージを受けてしまうことが社会参加をより困難にしているケースもあり、困難状況の長期化も深刻さを増幅させています。

そんななか、高卒ないし妊娠で高校を中退した若いお母さんが1人で生きていこうと腹を括っても、社会人経験ゼロのノースキルのうえに、子どもの病気や残業ができない条件では、非正規雇用に就くしかなく、経済的困窮から抜け出すのは容易ではありません。

持たざる者が何も持てないことですべてを失っていくような暗黙のロジックが厳然としてそこにはあるのに、その入口となるリスクの高いティーンエイジャーの結婚出産に一縷の望みを持っている課題集中高校の女子生徒はとても多いように感じます…。

子育てを個人の責任、個人の資本に依存し切った政策(日本の片親世帯の相対的貧困率は50%を超えている)が、彼女たちを追いつめていながら、一方では少子化対策や女性の活躍なるものがあったりして、この国はどのようにバランスを取っていくんだろう?と考えずにいられません。

どちらかひとつの世界が上手くいけばそれでいいのか?と思わずにいられませんが、格差に取り組まれたもうひとつの世界が、自分たちの首を絞めることをもっと意識するべきであり、そのリスク回避こそが若年者に対する社会的投資なんだと思うんですけど、なかなかそこにスポットが当たらず「出産」と「雇用」にスポットが当たっている歪さに対して、ぼくらはもっとアドボカシーしていかないとなりません。

貧困と早婚=若年出産の背景には、彼女たちの言葉でいえば「寂しさ」があります。本来、家庭で保護者が満たすべきものが満たされない「寂しさ」。この心の隙間を埋める“何か”がないともはや立ってられない状況があるわけです。学校の中で相談をしていて、不本意中退者の多くはこの「寂しさ」に流された、或いは押し潰された結果のような気がして、何人もの顔が浮かんで来ます。

もしも、ぼくら支援者がこの問題にリーチできるとすれば、その隙間を埋め、寂しさに寄り添うことだろうと思うんです。

ドーナツトークの田中俊英さんたちが西成高校ではじめた「となりカフェ」など、大阪から発生した高校内カフェ事業にぼくが可能性と希望を持つのはここに対する教育的ではなく文化的アプローチが可能だからなんです。

直接の社会関係資本としてぼくはそこにいたいし、そのつなぎ役を担いたい。カフェ体験のなかで培われた文化的資本が、彼女らの寂しさを埋めるソーシャルボンドとなり社会関係資本構築の礎のような役割を果たすことが、ぼくら高校内カフェ事業を行う者のミッションではないでしょうか。
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