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サイモン&ガーファンクル/LIVE 1969

S&G

タイトル通り1969年の10月から12月にかけてアメリカで行われた、結果的にラストツアーとなるサイモン&ガーファンクル(以下S&G)の、ライブ・レコーディング。

S&G的には、ラストアルバムとなる超名盤『明日に架ける橋』のレコーディングを終えた解放感の只中。しかし、このレコーディングでの仲違いが原因で、二人は翌年に解散してしまう。

という、二人が危うい関係だったことを押さえることで、このライブ盤が深みのある影をまとうこととなる。

会場に集まったファン的には、前年にヒットした、映画『卒業』で使われた「ミセス・ロビンソン」を収録したアルバム『ブックエンド』の次のアルバムをワクワクしながら、「今夜のライブは新曲やるかな?」なんてタイミングでのライブ。

アメリカのミュージック・シーン的には、わずか2か月前にウッドストック・フェスティバルがあり、政治的には前年、キング牧師が暗殺されている。そして、日本では僭越ながら僕が産まれている、そんな時期の記録だ。

気もそぞろなポール・サイモンの後姿を、コイツ、俺のことをどう思ってんだろう、と不安げな表情で見つめるアート・ガーファンクル。

その後の解散を思うと、そうとしか見えないセピア色のポートレイトのジャケットが意味深だ。

いつものように絶妙なハーモニーを聴かせ、新曲を織り交ぜながら過去のヒットソングを仲良さげに歌ってファンを喜ばせているS&G。リラックスした感じがこしゃくなくらいだ。

まさかこの後に二人が解散しようとは、この会場にいる誰もが夢にも思わなかっただろう。

そんな『LIVE 1969』には、重要な聴きどころが3つある。

と、僕は勝手に思っている。そのことについて、カーペンターズよりは好き、くらいのさほど大ファンでもない僕が、不遜にもアルバム・レビューを書いてみたいと思う。

1. 「明日に架ける橋」の音楽的威力の凄まじさ。

まだ発売されていないなので、会場のファンはこの曲を当然知らない。よって、ラリー・ネクテルの荘厳なピアノのイントロが流れ、「新しい曲を」というアートのMCを受けても、ファンは拍手をしない。

この素直な反応が緊張感を生み、まずいい。アートも緊張しているのか、声が若干震えているように聴こえる。こちらもつい、居住まいを正してしまう。

呆然とアートの声に聴き惚れているのか、客席は静まりかえったまま、曲は進行していく。

1969年という危うい時代背景を思うと、きっとファンの誰もが、「僕が激流に身を投げ出し、橋となって立ち尽くす君を救い出してあげるよ」の“君”になり、涙を流す者さえいたんじゃないだろうか?

曲が終わった直後の割れんばかりの拍手。若干フェーダーを弄ってるっぽいが、なかなかないタイプの感動が沸き起こり鳥肌が立つ。映像はないがスタンディング・オベーション間違いなしだろう。

では、「明日に架ける橋」を聴いたことがないアメリカ人がこの曲を聴くとどういうリアクションをするのか?どうぞお聴き下さい。当たり前に聴き流してしまうところだろうが、これはそういうことなのだ。20世紀音楽博物館を建てるなら、展示されるべき録音なのである。

アートの美しい歌声が、ポールのゴスペル風な歌詞とメロディが、そして20世紀の珠玉の名曲が、ファンの心を鷲掴みにした決定的瞬間が、ここにありありと記録されている。

僕らは時代を超え、その瞬間に立ち会い、見えもしないものまでも見てしまう…。

スポットライトの外れた暗がりで、ポールはアートの背中を見つめ、何を思っていたのだろうか?

2014年のリスナーの音楽的リテラシーに基づいたメタ認知は、茫洋と広がる1969年のアメリカというイメージに滲み消え、えも言われぬ紛い物の郷愁のなかで、「コンドルは飛んでいく」のイントロを乞うことだろう。

S&Gの二人は大喝采のなか、アルバムのセールスを確信したに違いない。そして、すでに心に決めていた解散について思いを馳せ、ポールはやっぱりアートと歌い続けたいと思ったのかもしれない。いや僕は思ったに違いないと思ってる。

だから、このライブはいいのだ。そんなポールとアートの心境を想像しながら、是非、このアルバムを聴いてみて欲しい。

2. 解散を匂わす歌が普通に二人で歌われる凄さ。

『明日に架ける橋』をレコーディング中、ポールは音楽活動に専念しないアートに嫌気がさし、苦渋の選択として「解散」という二文字を思い浮かべ、苦悩した。

その隠しきれない人間的な葛藤が、アルバムの端々に嫉妬や妬みや嘘、愛や友情や絆として顔を出す。それが『明日に架ける橋』に物語を刻み込んだ。

「Song For The Asking」では、ポールがアートとの別れを決意し、「その事を考える時、いつも寂しさに胸が痛むんだ。その問いに対する答え、それは新しい道を選ぶこと…」と歌われる。この曲は『明日に架ける橋』のB面ラスト、即ちS&G最後の曲となった。

そして、俳優業にうつつを抜かし、スタジオに現れないアートに対し、「どうして手紙をくれないの?」と、アートへの焦れったい気持ちを歌った「Why Don't You Write Me」。

この2曲が、いつものように仲良く歌われている。それが切ない。ポールの揺れる気持ちは、ステージでは“継続側”に揺れていたんだと僕は思う。

やっぱり二人で歌い続けたい。だから一緒に、しかも仲良く歌えたのだ。僕はこの仲良し感を「プロ」の演出として片付けてしまいたくはない。あったのは「プロ意識」ではなく「仲間意識」だ。だから、後年S&Gは度々再結成し、ファンを楽しませ続けたのだ。でもそれは、自分たちが楽しむためのものだったんだと、僕はこのアルバムを聴いて思った。

ちなみに『明日に架ける橋』には、もう一曲、「僕らは、まだ道半ばなのにどうなってしまうんだろう?どこに向かえばいいんだろう・・僕は、今NYで一人で考えているよ」と、ポールが歌う 「The Only Living Boy In New York」 という名曲もある。

3. ポール・サイモンの音楽ディレクターとしての凄まじさ。

この頃のS&Gのライブは、二人だけで歌うアコースティック・セットと、ハル・ブレイン(ドラム)やラリー・ネクテル(ピアノ)、ジョー・オズボーン(ベース)などをバックにしたバンド・セットがあったわけなんだけど、このバックバンド、泣く子も黙るハリウッドの腕利きセッション・ミュージシャン「レッキング・クルー」だ!この興奮がよくわからない人は、こちらを読んでみてほしい。

このアルバムに物足りなさを感じるファンがきっといるだろう。それは、間違いなくバンド・セットの少なさに理由があると思う。

では、ツワモノどもを黙らしている理由とはなにか?。それはポール・サイモンの音楽ディレクター、コンポーザーとしての自信、そして何よりアートと自分のハーモニーへの、絶対的な自信だと思う。その自信から来る冷徹さのようなものを、僕はこのライブから感じずにはいられない。

1965年にヒットした「The Sound Of Silence」は、アコースティック・ギターの弾き語りだった原曲に、プロデューサーのトム・ウィルソンがS&Gに断りもなしに、ドラムやベースをオーバーダビングして、当時の流行りであるフォークロックに仕立て直してヒットしたという曰くのある曲だ。

それをここでは「レッキング・クルー」を従えながら、原曲アレンジのほぼ弾き語りでやってるのだ。ハル・ブレインはムカついていたと思う。エンディングでシンバルをバシャンとやってる(という穿った聴き方を僕は勧める)。

「明日に架ける橋」だって、レコーディングでは途中からバンドの演奏となり、ポールとのハーモニーのパートだってある。しかし、ここでも最後までピアノとアートだけというアレンジになっている。

「I Am A Rock」の、レコードでドラムが鳴り始めるタイミングでもドラムを叩かせない。「えっ⁉︎来ないの?」会場にいたファンは皆そう思ったことだろう。この肩透かし感、そんなのありですか?

ありなのなのだぁ。

と、バカボンのパパのように言い切りたい。僕らもハル・ブレインのように我慢しなければならないのだ。

では一体、ポールは何を意図し、“引き算”を選択したのだろうか?

ポールが目指していたのは、可能な限りS&Gで行けるところまで行く。バンドが入っても素材の味を消させない。だから、それができるプロのバックバンド集団「レッキングクルー」を雇っているのだ。そこに気付かなければいけない。

そこには、独り立ちを胸に秘めた若干28歳のポール・サイモンの気高い誇りが、蒼く冷めた炎のように揺れているのだ。その誇りを蔑ろにし、映画の撮影に行ってしまったアート…。

時を超え、僕らはポールの決意と怒りを理解できたりするわけだ。しかし、その怒りを忘れ、トム&ジェリーとしてやっていた下積み時代のように、また楽しく歌えちゃったりする。それが音楽のマジックなんだろう。

最後に、2012年のポール・サイモンのライブで歌われた「The Only Living Boy In New York」を聴いて、この謎の長文アルバム”本気“レヴューを締めたいと思う。冒頭の「トム」とは、アート・ガーファンクルのことである。

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