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支援者の好き嫌いは“あること前提”にシフトしませんか?

好きか嫌いかで、支援者は若者の対応を変えている、という話が支援者の間でよく批判としてあって。

あの人は好きな利用者しかちゃんと対応しない、とか。嫌いな利用者には冷たいなどという批判をよく聞く。

僕も言われていると思います(>_<)。そこで支援者の皆さんに提案です。

もう、そういうの言い訳したり議論したりするのが面倒なので、支援者は好き嫌いで動くものなのだということにしてしまいませんか?

私はしていないと思っているあなたも間違いなく言われてると思いますよ。それは、自分が決めるものじゃないんです。

あなた以外の、私は嫌いな利用者もちゃんと対応してます。ていうか好きとか嫌いとかないし、という支援者が言うのだから仕方ありません。

だかもう受け入れちゃいませんか?支援者に利用者の好き嫌いがあっても別にいいじゃないかと。

支援者の好き嫌いは、言ってみれば得手不得手です(ここからは角が立つので好き嫌いではなく得手不得手としますw)。

不得手なタイプよりも、得意なタイプを相手にした方が、間違いなく成果は上がりますし、個人的なミッション性も満たされ、働く喜びを得られます。

だから、支援者は得意なタイプの利用者にしっかり対応し、苦手なタイプはそこそこの対応をしてしまうのです。僕は違いますけどね的な言い訳もこの際やめておきます。

むしろ、僕の苦手なメンタル系のAさん は、メンタル系が得意なBさんにお願いした方が、組織的な目標達成率は高いものになるはずです。

空気を読むことに長けた利用者に、自分が苦手だと思っているということがバレていないと思っていることの方が失礼なんです、間違いなくバレているんですから。

出会った責任とか言ってないで、速やかに担当を代えるか、フォローを要請しましょう。

ここからは、特に理事長やマネージャークラスに対して提案します。マネージメントの前提として、支援者は好き嫌いでパフォーマンスが違うということを尊重してしまいましょう。

この前提に立って、一人ひとりの支援者の興味特性をしっかり把握し、どのようなキャリアプランを持っているのか、しっかり確認しましょう。

そして、これまでのオールマイティ・モデルから、ストレングス・モデルへの移行をし、その上での人材採用や、苦手なタイプに対する対応の在り方を教育していく。そっちにしませんか?

最後にボワっとしたことを書くと、博愛主義的全能感に支援者が染まっていくのは社会的な役割やニーズに対して機能不全に陥っていくリスクがあると僕は思うんです。

行政との補完関係を築くことには異論はないけど、行政化していくことに対して僕は危機感を抱いています。

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