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「エビデンス・ベースド」と「ナラティブ・ベースド」

「エビデンスベースド」evidence-based(証拠に基づく/科学的根拠のある)
「ナラティブベースド」narrative-based(個々の体験に基づく)

今日、NPO法人育て上げネットの理事長の工藤啓さんがツイートしていて知った言葉。
エビデンスもナラティブも知ってたけど、こういう使い方は知らなかった。
その後のやり取りで大事な言葉だなと思ったので、今日のエントリーにしたいと思う。

ちなみに僕は、小説書きを目指していた頃の癖で、
知らない言葉を出会うと必ず調べるようにしている。
これはいい癖だと思うが、同じ言葉が二回続くとまず覚えるが、
それっきり出会わない言葉だと忘れてしまう。
この言葉(ニュアンス)、実は昨日今日と3回出会ったので、これはばっちり覚えた。

そのひとつが、今朝話題になってたブログエントリー
「ソシャゲへの反感はワインの方程式が生んだ反感と同じ -ゲームと心理学(2)」

この中で紹介されている、訓練を積んだ専門家の主観的な印象に基づく「臨床的予測」と、
ルールに基づく数項目の評価・数値化(アルゴリズム)による「統計的予測」の成果が、
「統計的予測」の方が60%が当たり、残り40%は同じになるという。

この記事はちょっとニュアンスが違うかどこかこの話に符合していると思う。

そして昨日、ある方とランチで話していた時にも、
データで語る人(エビデンス・ベースド)がこの業界にはいないし、逆に軽蔑される。
経験値(ナラティブ・ベースド)の人たちがもてはやされる、
職人気質な業界だよね、と話したばかりだった。

ここはどちらがいいではなく、バランス良く使い分けれるのがベストである。

行政マンはエビンデスベースドじゃないと困っちゃうけど、
話をしても情が移らないから「だから?」とか「なるほど」で終わってしまう。

数字やデータから共感を呼び起こし、アクションに繋げることは難しい。

しかし、ナラティブベースドだと情景が見えるし、
自分の経験との共感などから「だよねえ~、どうしよっか?」が始まる。

しかし、共感だけでは、予算を引っ張り出すことはあり得ない。

この「どうしよっか?」で、必要になる予算を引っ張る時には、
やはりエビンデスベースドじゃないと難しくなる。

行ったり来たりできる、バランス感覚が必要なんだと思う。
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