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「ほころびだらけのポジティブ武装」〜中退希望者の精一杯の強がりを抱きしめよう〜

新入社員が新しい環境に慣れないままGWに突入し、
会社が嫌になって辞めるという五月病があるけど、
高校というのはそう簡単には辞めれず、
当然の慰留交渉もあるからこの時期になるのだろう。

夏休み明け、学校を辞めると言い出した1年生の生徒がいた。

担任も、生徒に関係の深い大人たちも当然止めたけど、
生徒の意思は堅く、大人たちの話に耳を傾けない。

ああ、そういうものだよな、と思ったんだけど、
学校に行きたくないという当初の理由、
例えば「会いたくない友だちがいる」とか、
「授業についていけない」いうネガティブな要素が、
時間の経過とともに「働いて一人暮らしをしたい」などという、
別の新たなポジティブな理由に変わっていく。

僕が生徒に出会ったのは、
そんなほころびだらけのポジティブ武装が完了した時期だった。
突っ込みどころ満載な青臭い計画は、
なんだか昔の自分に出会ったようで照れ臭くもあり愛おしい。

こうなると本人の意思は堅い。
もう、なにか清々としていて、強ささえ感じさせる。
しかしそれが大人たちの不安を煽る。

一人暮らしをして夢を追うという目的を見つけた者や、
別にしたいことはないけど、
今よりはきっと良くなるとアッケラカンと信じ切ってる者。
とにかく今の状態を変えたいと願う少年少女たち。

もうこなると大人たちは歯が立たない。
そもそも僕ら大人たちは、
あらゆる矛盾に折り合いを付けながら生きている。
そんな真っ直ぐな目で見られたら何も言えない。

ポジティブ武装には、
そういうことを感じさせる清々しさがある。

生徒の夢に寄り添うと、
生徒も自分の夢や、憧れを話してくれる。
生徒の描いた夢に、リアルに色付けしていくと、
どうしても色の塗れない場所が出ててきしまう。

これは大人も同じことが起こるんだけど、
大人はここを責任というもので超えて行ける。
しかし、若く責任が取れないと立ち竦むほかなく、
「卒業しないとヤバくね?」って感じになる。

「責任」なんていう、
漠然として抗いようのないバケモノの前で立ち竦んでいると、
ネガティブな当初の理由をポツリ、ポツリと語りはじめる…。
ポジティブ武装の解除。
あのアッケラカンとした笑顔の内側に、
そんなにいっぱいの不安が渦巻いててたんだってことを知る。

強がって突っ張ってきた気持ちがふと緩み、
泣き出す生徒もいる。

いつも決まってそんな流れだ。

その生徒は翌日から人が変わったように学校に来だして、
先生に奇跡だと言われた。

でもこれは軌跡ではないと思う。

もっと言いたいのは、
これはテクニックというほどのテクニックでもないんだってこと。
ただ、真剣に話を聴き、真剣に感じたことをフィードバックする。
それだけのこと。

良かったことは僕の前に何名かの大人たちがいたこと。
僕がトップバッターじゃなかったってこと。
多分一番本人の夢や希望に耳を傾けてあげたことと、
具体的な情報提供をしたこと。

もしも僕がトップバッターで、
これをしてもきっとダメでしょ?

重層的な大人たちのスクラムっていうのか、
ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)っていうのか、
それが生徒のポジティブ武装を解除させたんだと思う。

ほんの1時間(×3人?)
大人が手間を惜しまなければ中退者は必ず減らせる。
そう確信する今日この頃なんです。
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