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「おれ」から逃げきれた「おれ」はいないな。

タイトルは数日前の敬愛する糸井重里さんの、
あまりご本人的には深い意図があってではなさそうなRTでのひと言。


このひと言に僕は感慨を覚えました。

その昔(まだ昔じゃないか)、
NPO法人でひきこもりの若者たちの生活寮でスタッフをしていた頃、
カリキュラムの時間になっても部屋から出ててこない寮生を、
起こしに行くんですが、行くと様子がおかしいことがよくあって。

まあ、落ち込んでるわけです。
たいがいは、こんな俺なんて生きててもしょうがない的な自己嫌悪…。

そこから何時間も話し込んだり、お互いずっと沈黙して、
僕も煙草吸ってたので、いっしょに煙草吸ったりして。
そんなときに、僕は最後によく糸井さんが言ったようなことを若者たちに言ってた。

「いろんなことから逃げて逃げて、逃げ切っても、
 自分(=おれ)からは決して逃げ切れないんだよ、
 ここでしっかり自分に向かい合おうよ、そのつもりで家を出たんだろ?」

「おれ」から逃げきれた「おれ」はいない。
みんな自分を背負い込んで、引き受けて、「おれ」として生きている。
たまに「おれ」をやめたくなったり、投げ出してしまいたくなったり、
人生をリセットしたくなることは誰にだってあると思う。
でも、「おれ」から逃げきれた「おれ」はいないんだよね。

そんな「おれ」に向き合うのはしんどい。
鏡なんてずっと見てらんないよ。
でも相手の目に映る「おれ」だったら、
どんな風に映ってるのか覗きこんで見てみたいじゃん。

そんな風に支援者や仲間たちを上手に使ったらいいと思う。

この仕事を始めたころ、
僕の仕事は、その“向かい合い”にとことん付き合うことだと思ったし、
とことん付き合わせてくれる法人で仕事ができたのは、
今の支援者、ユースワーカーとしての僕を作った、
本当にかけがえのない経験をしたと思う。

これからも「おれ」から逃げれない「おれ」と、
とことん向かい合っていきたいと思います。
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