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ユースワーカーの原風景 ~ギターをやるならビートルズを聴け!~

下のYoutubeでビートルズを聴きながらお読み下さいw。

「中2の時の自分が好きだったオトナは誰?」

前回のユースワーカー研究会は、武蔵大学教授の武田信子さんのファシリテートで、「中2の時の自分が好きだったオトナ」を思い出し、そのオトナのどこが好きだったのかを話すワークショップをやりました。

話しながら、子どもたちが求めている大人像に自分を照らし合わせ、ユースワーカーとしての自分に欠けているもの、大切にするべきものに気づくというものです。

残念ながら、中2の僕にはそういうオトナはいませんでした(そういう人の方が多いとのことです)。僕には親の再婚や引越し転校など、家庭がぐちゃぐちゃしていた中学生以下の記憶がほぼないんです。

何もない記憶の暗闇を辿ると、誰もいない静止画の夜の団地に迷い込みました。そこには案の定、誰もいません…。

やっぱり自分は何も覚えてないんだな、と少し寂しい気持ちになりました。

しかし、記憶の中に一人の男性が現れました。顔も年齢も覚えていない、仕事帰りのサラリーマンだったと思います。

ワークショップでは発表しなかったけど、たった一人だけ覚えてるというか、思い出せたオトナがこの人です。しかしこのエピソードは中2ではなく多分高1なんですけどね。

地元の友人たちがバンドを組もうと盛り上がり、楽器の出来ない僕がなぜかギターを担当することになりました。

団地の下、暗い時間に借り物のエレキギターをチャラチャラ友人たちと練習していました。曲は忘れたけど、当時流行のBOWYだったと思います。僕はギターを弾けなくて、結局この時は「F」で挫折してしまいました。

男性が足を止めて、たむろする僕らに話しかけてきました。怒られるのかと思い身がまえたら、意外なことにギターや音楽の話しを男性は僕らにしてきました。

「ギターをやるならギターサウンドがしっかりと聴き分けられるビートルズを聴くといいよ、今のギターはエフェクトがかかり過ぎて何をしてるのか聴き取りにくいから」と男性は言いました。

わお!この時の興奮がこの男性を僕の記憶に刻み込んだに違いありません。次の瞬間「僕はビートルズの大ファンです!」と男性に言っていました。

ビートルズを語り合える仲間は僕にはいなかったので、やっと出会えた仲間のような気がして、いろいろと話たように記憶しています。

担任の顔も名前も、言われたことも思い出せないこの僕が、この人のことを覚えている。正確にはこのエピソードを覚えている。ここにユースワーカーにとって必要な力を探る重要なヒントがありそうな気がします。

自分なりにその理由を考えてみると、誰にも理解してもらえず、喜怒哀楽のアウトプットを持たない、(音楽的に)孤立していた自分の「理解者(共感者)」に出会えた喜びが挙げられるでしょう。

今高校生と話していて、彼らの瞳が大きく輝く時のセリフって決まってるんですよねw。なんだかわかりますか?

それは、確認するように「わかるぅ!?」です。

その後に「わかるよ、俺も◯◯だったもん」なんて言った後の、砂漠でオアシスを見つけたような嬉しそうな顔。あぁ、共感してあげれることがあってよかったと涙が出そうになります。

彼らは共感者に出会えた喜びを包み隠さず表現してくれます。隠しててもバレます。それがカワイイ。

話が逸れましたが、僕にとってその共感が「ビートルズ」というキーワードで、がっつりと記憶にタグ付けし保存され、30年近く経った今も覚えているわけです。

この「共感+キーワードによるタグ付け」は重要な気がします。

この共感というのは、テクニカルな好意的感心や傾聴だけでは、子どもや若者の琴線に触れることはできないんじゃないかな、子どもってそういうチェック厳しいよなって思います。

もっと実体験に基づいたハグしたくなるような共感じゃないと琴線には触れられない気がします。

その琴線に触れるには、境遇や環境の類似性、或いは理解度、ひっくるめると当事者性というところから生まれるのではないでしょうか。

僕が、高校で相談者として機能できているのは、この当事者性が共感というバイブレーションを生み、生徒との関係性を築けているからではないかと、徐々に気づきはじめています(実はこの共感から外れた“共感できなさ”が違和感となってアセスメントがなされていくんですんが、この部分はまた今度)。

そして、この当事者性は特殊な体験をしているということではく、自分が子どもや若者だったことをちゃんと覚えているかってことが重要だと思います。その時に、薄っぺらい青春を過ごしてきた人たちが、共感の襞があまり育ってない人たちなんじゃないかな、と個人的には思うのです。

この襞がセンサー(センス)となり、共感をキャッチしてユースワーカーの行動=支援となっていくのではないでしょうか。

最後に、僕が自分の子どもや若い子にギターを教える時、顔も忘れたこの通りがかりの男性の言葉を言っているんですよね。

「ギターをやるならビートルズを聴け!」って。

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