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自己肯定感の低い方には、積み上げ型の「将来アプローチ」よりも、逆算型の「未来アプローチ」がいいかも。

将来と未来、日頃何気なく使い分けてる二つの言葉、皆さんはどのように使い分けていますか?

時間軸で考えれば、今に近いものが将来、今から遠いものを未来と言っていると思いますが、責任という軸で考えてみるとどうでしょうか?

責任が生じてる範囲にあるのが将来、責任が生じていない、或いは及びようのない先にあるものが未来。僕はそんな風に感じますし、無意識にそんな使い分けをしていると思います。

僕の仕事の一部であるキャリア・カウンセラーという仕事は「子供の頃ってどんな遊びが好きでした?」と、相談者を子供の頃に戻したり、「10年後の成りたい自分ってどんなことしてるかな?」(僕はこの質問が嫌いなのでしませんが)と、将来の自分を想像してもらったりと、まるで時間旅行のナビゲーターのようなことをする仕事です。

このような対話から、そこに脈々と繋がっている価値観や、出来たこと、得意なことを相談者が気付いたり、思い出したりしながら、それら整理して相談者が仕事にまつわる人生=キャリアについて考えるサポートをする、それがキャリア・カウンセラーの役割です。

最近、ふと思ったのですが、僕はカウンセリングのときに現実味のある「将来」ばかりを使ってて、現実味の薄い「未来」をほとんど使っていない、ということに気づきました。ひょっとしたら多くのカウンセラーがそうなんじゃないでしょうか?

将来という責任が生じている範囲の質問は、いわば答える側に有言実行という、考えを言葉にした時点でカウンセラーとの約束関係が生じてしまいます(と感じるものでしょう)。このことが相談者が内省を妨げる足かせになっていないかな、ということを考えました。

このことがプラスに作用する人たちも当然います。それは恐らく自己肯定感の高い人たち、即ち「自分ならその約束を守り、次のステージに進むことができる」と思える層の方でしょう。

僕が日頃接している若者たちは、ほとんどの方が自己肯定感を育む機会を持てずにきた方たちです。そんな若者には、今から近く、責任が生じる範囲の将来に目標を設定することが、ときには苦痛になる場合もあったりするでしょう。それなのに僕は「将来さあ〜」なんて話してきたように思うのです。

そんな若者たちには、目標に辿り着くための積み上げ型のキャリアプランを提案するよりも、責任の生じない限界設定を取っ払った“タラレバな未来”からの逆算型キャリアプランの方が、実は将来が見えてくることがあったりするんじゃないかな、なんてことを考えました。

たまにこういうアプローチはしていたけど、もう少しこの「未来アプローチ」を意識的に使い、メソッドを構築して行きたいなと思いました。

「未来にこうなってたらいいなあ〜なんていうイメージはある?なれるかかれないかなんてどうだっていいんだけどさw」みたいなね。
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