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生活保護という社会保障のジレンマについて〜川崎市『支えられて生きる 支えて生きる』の感想に変えて〜

川崎市の生活保護受給者の自立を追った冊子『支えられて生きる 支えて生きる』は、生活保護を抜けて自立した5人の当事者へのインタビューがメイン・コンテンツで、ワーカーの座談会を含め、大変参考になるものでした(リンクから全文を参照可能です)。

5人のうちの3人の方が自立を果たすうえでの共通点について、この冊子の中では触れられていませんが、個人的にとても感心を持ったので、書いてみたいと思います。

この3人の方の共通点は、駅前で低額宿泊所などを運営するNPO法人の方に声をかけられたりしたことが福祉事務所に行くきっかけとなり、その後の自立につながっています。

ちなみに、残りの2人の方はベトナムの方と盲目の方なので、NPO法人の専門から外れていたと考えられるので、困窮者の捕捉という意味で、これらのNPO法人は相当な貢献をしているといえるでしょう。

そして、インタビューを受けた皆さんが、NPO法人に対してとても感謝していて、自立後もNPO法人の宿泊施設を訪れており、ちゃんと「帰れる場所」になっていることが、隣接業界の人間として「いい仕事をしているんだなあ」とリスペクトするところです。

しかし一方で、これらNPO法人の活動は、弱者の弱みにつけ込んだ「貧困ビジネス」という呼ばれ方もしています。

簡易宿泊所に入ると、生活保護費から宿泊費や光熱費、食費を支払うと三万ほどしか残らず、就労への足場としては、交通費を捻出する余裕がないなど、課題も指摘されています。

この5人物語は美しい。しかし、ここに登場するNPO法人の功罪、そしてその裏にあるものに想いを巡らさなければ、本質的にこの冊子が問いかける問題定義に繋がらないのではないか、と僕は思います。そしてそれは単純に貧困ビジネスの是非を言及するのではなく、どうしてそういうことが起きてるのかについて考えることが重要だと思います。

さてこの実態、視点を引いて見るとNPO法人が福祉事務所のアウトリーチ部隊になっていたり、福祉事務所が提供できない宿泊先を斡旋するサービスなど、福祉事務所に欠けた機能を、福祉事務所が望んでいるかは置いておいて、民間が補完している、という構図が見えてきます。

そしてさらに俯瞰して見ると、生活保護制度が「他法他施策優先の法則」という、保護受給前にありとあらゆることをやった上で、それでも健康で文化的な最低限度の生活を営めないときにはじめて活用されるもの、という最後の最後に辿り着く、すべてを失わなければ受けることのできない社会保障であり、積極的に活用を促すタイプのものではない、という位置づけが行政内にあるということが見えてきます。

そして付け加えたいのは、福祉事務所単体でこの3名の方たちを救えたのか?という問いです。

インタビューに答えたベトナムの方の、映画のワンシーンのような回想には、以下のようなことが書かれています。

ホームレスになり川沿いの野球場のベンチで寝泊まりしている時に大洪水に遭い、レスキュー隊に救出された。身元を確認され、家がないことを伝えると、警察も消防もさっといなくなった。

この経済的困窮に対して非積極的な行政の体質が、日本の生活保護の補足率の低さ(日本は15.3%〜18%、ドイツ64.6%、フランス91.6%等リンク参照)になっているだろうことは間違いないし、皮肉を込めて言わせてもらえば、社会保障が破綻していないのは、この捕捉率の低さによるところが大きいような気がします。

整理して浮かび上がるのはこんな矛盾です。

①生活保護費はこれ以上増やしたくない。
②しかし国は国民の健康で文化的な最低限の生活保障を憲法で約束している。

これは生活保護を受給可能な経済状態でありながら、受給していない80%の方々の宙ぶらりんな状態の放置と直結している、社会保障のジレンマだと思います(80%の中には積極的に生活保護を受けたくない方もいる)。

この僕らが抱え込んでる矛盾を、いつまで先送りし続けるのか?し続けられるのか?

自民党は、この先送りの結論を、国はできる限り最低限の生活保障をせずに、可能な限り家族や自己の責任の中でなんとかして下さい、という形で②の解釈を厳格化して、①の問題を解決しようとしているように見えます。(労働インセンティブや積立型など期待できることもあります)

僕は、①をこれ以上増やすのはなんとか食い止めたいと考えている一人であり、それをMissionのひとつと考えていると立場表明をします。しかし②を蔑ろにすることはどこまでも避けたい、いや、しちゃいけないでしょ、とも考えています。

このような考えに立つと、この冊子の中に登場したような人たち、即ち生活保護から出て行く人たちを、生活保護の入る人よりも、いかに多く生み出せるか、という仕組みを開発するという難問に立ち向かわなければなりません。

その難問を解決する一つの策は、生活保護世帯の子供たちが、高校を卒業すると同時にみんなが就職をして、保護からキレイに抜けられる支援の強化です(ワーカーによる安易な就労プレッシャーによる“抜け”は一時的な抜けとなり元に戻るリスクが高い)。長く、就労支援してきた経験から、若ければ若いほど結果が出ることは明白であると言い切れます。高校生たちの成長と変化は爆発的だといえます。

この爆発が何を意味するか?

短期で結果が出るのでコストが安く済むということです。リターンを考えれば、その後の納税者人生の長さがあるでしょう。

何度か書いていますが、僕は生活保護世帯の子どもたちに、バイターンのような地域の中小企業と高校生をマッチングさせる仕組みを使ってアルバイトを開始させ、そこで発生する給料を就労認定せずに「自立準備控除」として積立て、卒業と同時にこの積立金を使って世帯分離を果たす、保護世帯高校生の積立型バイターンを提案しています。

在学中に、思いのある大人たちの中で働く喜び、お金を稼いで自由に使える喜びを知り、卒業と同時に保護から抜け自立できる仕組み。これはできると思います。

話を戻すと、低額宿泊所を運営し、貧困ビジネスと呼ばれているNPO法人などの活動を見ると、現状の福祉行政ではリーチできていない課題に対して、合法的にリーチした仕組みであり、行政サービスが開始されればなくなるか、委託事業化される類のサービス(恐らくこっち)であるといえます。

ただし、ここを推進してしまうと生活保護の捕捉率が上がってしまうという①の問題が浮上してしまいます。保護率を上げ、②を実現させるというユートピア的社会を目指すその前に、生活保護世帯の高校生たちの出口支援に真剣に取り組んでみてはどうだろうか。

これが2004年頃から『ヤングジョブスポット』をはじめ『若者自立塾』『若者サポートステーション』と脈々と若年者就労支援を委託事業として行い、国がある意味でNPO法人等に投資してきた成果として培われたノウハウによる社会的成果としての回収にもなるのではないだろうか。
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