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田奈Passの「なんかいいな」の秘密。


12月19日エントリーの、「田奈Pass」の光景には「なんかいいな」が、確かにあった。

なんでいいのか、時間が経ってわかってきたので、書いてみたいと思う。

あそこにいた大人たち(司書さん1名、支援者3名、うち1名は見学者)に求められていた成果や評価は、目の前で勉強してる女子生徒に対して、短期的な成果を求められていない人材だったのだ。

当然のことながら、見学者の辻ちゃんにはな~んの責任すらない大人。僕は、こういう大人を図書館に投入していきたいという、学校には図書館の市民図書館化ということを考えてるんだけど、それはこちら

むろん、そんなことを意識してそこにいたりはしないし、明日の面接のために一緒に緊張したりするんだけど。

僕らの成果は、彼女がどこの大学に入るかとか、どんな会社に就職するか、という短期的な成果ではなく、

社会に出て、どのように(納税者として)自立して生き、(非納税者にならないよう)何か困ったときには「助けて」と言える人になる、みたいな中長期的なものなのである。

評価はどうなるのか、今はまだわからないが、大きなリターンをもたらすかもしれない、という非常におおらかなものである。

ここをムキになって、SROIみたいなことを言い出すんだろうけど、それは短期的な評価に対しての、手応えのない成果の見せ方でしかないので、その戦いはやめた方がいいと思う。

僕が気がついた問題は、教師も養護も、スクールカウンセラーも、学校には短期的な成果を求められている人材しか配置されていないということだ。

逆に言えば、学校を出たあとの中長期的な評価は受けない。まあ、ここは問題にするのはやめておこう。

田奈Passのいいところは、短期的な成果を求められた、今、目の前のことに集中せざる得ない大人集団の中に、その輪から外れた大人が学校に、ほんわかといることだと思う。

「なんかいいな」の秘密は、ここにあるんだと、僕は確信した。

これらをサスティナブルに実現させるためには、中長期的な社会的投資の意義を理解したステークホルダーが必要なんだけど、ここがムズイ。

このテーマはまた今度。今夜は、田奈高校の忘年会だ。先生たちのいい話をいっぱい聴きたい。
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