2014年07月

発達障害の子どもの自立を左右する「かわいがられ力」の育みについて

かわいがられ力

発達障害のお子さんをもつ保護者向け講演というお仕事をいただき、僕が15年間の支援経験の中で出会った多くの発達障害の方々について思いを巡らせ、ずっと思ってたことが言語化できたように思うので、書いてみたいと思う。トップ画像は講演資料のパワポからの抜粋である。

僕は高校生の中間的就労支援として、有給職業体験バイターンというものに取り組んでいる。大学生等の数値化したドライなマッチングと対比させ、バイターンを「情・縁・恩」のウェットなマッチングだということを言い続けている。

高校生が就労につながっていく姿を見ていると、能力や適正よりも、「情・縁・恩」が発動した結果だと僕は考えている。考えてみると、雇用という契約には少なからずこの「情・縁・恩」が発動している。逆に言うと、雇用契約を結んでもらえない人たちは、これらを発動できなかった人たちだと言い換えられる。

何が「情・縁・恩」のスイッチを入れているのか?

それは「かわいがられ力」だ。この無自覚でノンバーバルなソーシャル・スキルは、世の中をサバイバルしていくうえでは必要不可欠且つ最強のソーシャル・スキルなのではないだろうか?

フェイスブックでこの話題をシェアしてくれた、とある中間支援をしているNPO法人の方がこんなことを書いていた。

ここでいう「かわいがられ能力」は、すごく大事だなー。ソーシャルリーダーは、これを持ち合わせている人が多い気がします。


そう、この「かわいがられ力」は、子どもたちだけのものではなく、我々大人にも魅力として宿っているものなのだと思う。そして、僕ら支援者が本当に支援に苦労する方々は、この「情・縁・恩」を発動させられない人。残酷な言い方だけど「かわいがられ力」のない人である。

特に発達障害の方の就労支援をする際は勉強ができる、仕事ができるということ以上に、この「かわいがられ力」が重要な要素になる。発達障害の子どもを持つお母さんが、「発言小町」で子どもの療育について投稿したスレッドに、障害者雇用支援をしている支援者から以下のようなコメントが寄せられていた。

学力があっても、良い人間関係が築けないと、就職→自立は難しいのが現状です。この不景気ですから、作業所からも断られるケースはめずらしくはありません。逆に、素直で指示が通る頑張り屋さんなら、学力がどうであれ、最終的にはどこかに受け入れ先があります。


この方の投稿に、僕ら支援者は共感する者が多いのではないだろうか。

「かわいがられ力」を失わせているのは、たいていの場合、保護者の無理解、非受容であり、どこまでも“普通”や“一般”を子どもに押し付け、子どもが自己効力感を失った結果だと僕は思う。外で多少のいじめにあった経験があっても、親の受容力の強い家庭の子は、ほのぼのと可愛い。

彼らの瞳に宿る、人に対する無防備とも言えるような期待感がいい。こっちもその期待に応えてあげたくなる。この誰もが持っている母性に対してアピールして来る魅力、それが「かわいがられ力」ではないだろうか。それを構成しているものは自己効力感をベースにした「結果期待」である。

社会には期待するにたるものがある。

それを子どもに実感させる子育てというのは、発達障害の子どもに限らず、すべての子育ての原点なのではないだろうか?そしてその期待を幼児期から裏切られ続けた子どもたちに、僕ら支援者は会って来ている。

自分の支援経験の中で、「かわいがられ力」は、一度失うと取り戻すことのできない宝物のようなものだと実感している。宝物を失ってうつろな目をしていたアイツ。宝物を奪われて怒りに満ちた目つきをしたアイツ。過去に関わって来た若者たちの顔が過る。

結果期待や自己効力感を育む学習経験をどう親がデザインしてあげれるかってことが療育だけではなく、子育てのの一番のポインだ。その際に、発達障害のお子さんに対しては、自分の当たり前を一度リセットしないと、どこまでも“普通”や“一般”を子どもに押し付けてしまうことになる。

だから障害受容というのは本当に難しくデリケートで重要な支援である。そしてそれは早ければ早いほどいい。そう、宝物を失ってしまう前に。僕は発達障害の専門家ではないけど、これはいろんなところで話したいと思う。

そして、一度失ってしまった宝物を取り戻すことのお手伝いをしているのが、僕たち支援者なのかもしれない。
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生徒と講師の間のノンバーバル・コミュニケーションが講師に与える影響についてのちょっとした考察

生徒が「し~ん」とメモを取りながら講師である僕の話を聴いている。

一見すると、授業態度の素晴らしくいい生徒たちなんだけど、実はこの「し~ん」には2種類ある。ということにセミナー中のメタ認知機能が上がって来た僕は最近気がついてしまった。

気がついたきっかけは、僕が「し~ん」に対して、セミナーにより二つのまったく異なる反応を起こしていることに反省したことからはじまった。

ひとつ目の反応は、冗談がひとつも言えず、自分らしさが出せないままサクサクと講義を進めてしまうことで時間を余らせてしまい、最後にあたふたとするパターン。これを「生真面目講師」キャラの自分。

ちょっと早いなと、時計と残りの資料を見比べながら思うんだけど、どうにも気持ちが入らず、話が膨らまない。強いリミッターが効いてしまっているような状態で、結局リカバリーできずに最後のスライドに…。これ、じんわり凹みます。

もうひとつは、そんなに聴いてくれるんならこんな話もしちゃうぞ!とノリノリで喋っちゃって、結果、時間が足りなくなり、最後にあたふたとするパターン。いずれにそろあたふたしていますが、こっちは「面白講師」キャラの自分。

僕は本質的には「面白講師」キャラなんだと思うけど、キャラを発揮できずに「生真面目講師」で敢えなく終わってしまうときがたまにある。なぜ、そんなことが起こるのか? 僕が未熟であることを棚に上げて解説してみようと思う。

以前、僕の信頼する高校教師が、「ざわつき」についてこんなことを言っていた。

「ざわつきにも二種類あって、授業に反応して、身体はこっちを向いているざわつきと、まったく関係ないところでざわつき心が離れているざわつき。前者なら別に問題にする必要はないんだ」

「ざわつき」と一緒で、「し~ん」にも実は二種類あるんです。それは、①強制力の働いた躾けされた「し~ん」と、②主体的に聴く態勢となった「し~ん」の違いです。

お金を払って聴きに来る、休みの日にわざわざ聴きに来るような講演では①はまずないと思いますが、学校のような場、或いはサポステのような無料で利用でき、スタッフに促された参加などでは、②はありがちです。僕は②のシチュエーションが多いので、この話しが死活問題なのです。

大前提として、講師と生徒(受講者)の間には、常にノンバーバルなコミュニケーションが発生しているということ。これ、言われるとそりゃそうだと思うかもしれないけど、こういうことに気づくのに、僕はけっこう時間がかかりました。

僕が「生真面目講師」キャラになるのは、ある意味、傾聴トレーニングでよくやる『お地蔵さんゲーム』のお地蔵さんがたくさんいる前で、独り言を言っているようなものだったのです。

僕に足りなかったのは、このお地蔵さんたちを主体的な参加者に変える仕掛けをしていなかったこと。もっと言えば、主体的な参加者であることを前提にしてしまっていたこと。

ここは目下の課題です。短時間で、或いは一言でふっとお地蔵さんに魂を吹き込むワード。これは思いついているので、手応えが出たらまた報告することにします。

一方、僕が「面白講師」キャラになるクラスでは、生徒が食い入るようにうなづき、なるほど!という納得感を表情で返してくれる。真剣な話のところでは真剣に、僕の冗談には笑顔で応えてくれます。講師と生徒の間にノンバーバルなグッド・バイブレーションが発生しているんですね。

いい講師はこの「場の空気」を、相手の特性に関係なくコントロールするんでしょうね。僕もここを目指したいです。「つづきはまた次回」が利かない一発屋の非日常を担当する外部講師として、この「場の空気」をコントロールしなければプロとは言えないですよね。

残念ながらこういうことを教えてくれる師匠は僕にはいません。こうやって気づきの積み重ねと、そこからのトライ、まさにPDCAサイクル個人的に回し続けることが大切であり、全国の僕のような師匠のいない支援者たちにシェアすることが重要なことだと思っています。

大学進学組が大学に抱くような期待感を、就職組は社会や企業に抱いていない。高卒就職に希望を持てる社会を目指そう。

研究会

単発講師の50分1本勝負

主に公立普通科全日高校で就職希望者に特化したガイダンスやワークショップ、講演会など、前職を含め約8年ほど取り組んできました。僕はいつもこの業務を、生徒といただいた時間分の一本勝負だと思い、臨んでいます。勝つための工夫もいろいろしていますし、先生方にアドバイスを乞いながら実戦してきました。

しかし、毎回ではありませんが、どうしても寝る生徒が出てしまいます。または、お喋りのうるさい生徒たちにペースを乱され、集中力を欠いてしまうなんてことも…。そんなときは、「やられたあ…ハァ~」なんて、帰りの電車で落ち込んだりしています。

ご依頼いただいた時間が、お昼休み明けの5時間目だからだとか、そんな言い訳はできません。外部の単発講師は、もう二度と生徒には会えないのですから。

自分ごとを他人ごとにしてしまっている生徒たち

ひきこもりの支援を軸に活動してきた僕は、市民の方々に対し『他人ごとを自分ごとに!』というキャッチコピーで、随分と啓蒙活動をしてきました。しかし、就職を希望している生徒を見ていると、自分ごとを他人ごとにしてしまっているんですよね。むしろ、自分ごととして就職という現実を引き受け切れていないと言った方が、的を射ているかもしれません。

自分の講師としての未熟さも当然あると思っているので、反省と自己研鑽は続けているのですが、これは言い訳ではなく、僕の未熟さだけではなく、高卒就職希望者の希望の持てなさが原因なのではないか?と、最近そんな風に考えるようになりました。

それを実感する体験がこの間ありました。休憩なしの2コマ通しの授業というガイダンス。他の教室では、各大学・専門学校から営業の方が来て、学校説明をしています。僕は休憩なしの説明をちゃんと聞いてなかったのと(^^;; 生徒たちのダレたムードを見て、休憩を入れることにしました。

当然、僕が息抜きに廊下に出ても誰も廊下に出て来ません。あれ?やっちゃったなあ、と思いながら、いい機会だから、他の教室の様子を見て回ることにしたんです。実は、講師が他の講師を見れることはほぼないので、これが初めてのことでした。

大学進学組の生徒の目は輝いていた

その階はすべて大学の説明会でしたが、寝ている生徒は1人もいませんでした。「おいおい、なんで俺の教室だけ寝ちゃってるんだよ」と思いながら、講師の説明のスタイルを観察すると、どこもA4の学校案内を手に持ち、パラパラと捲りながら、たまに黒板を使う講師の方もいらっしゃる。全体的に事務的な印象の説明をしています。

う~ん、声の張りだって、ユーモアだって、パワポのわかりやすくポップな資料だって、間違いなく俺の方が上だろうと思いましたよ。(すみません、言葉遣いが徐々に悪くなっています)それにも関わらず、生徒は食い入るように講師の話を聞いています。

僕は生徒の瞳の中に「希望」を見たような気がしました。みんな憧れの大学、学生生活に希望を持ち、キャンパスライフを謳歌する未来の自分がアタマの中で走り回っているようです。

チャイムが鳴り、自分が担当する教室に戻りました。もちろん、そこにも目を輝かせて食い入るように僕の話を聴く生徒もいますが、やはり寝てしまう生徒が数名。寝てしまっている生徒の頭の中では、社会人になった自分をどんな風にイメージしているのでしょうか?

非就職希望者の「非」を取り、就職希望者へ

会社を起業した5年ほど前に気づいたことがあります。就職希望者のためのガイダンスを依頼されながら、彼らは全員が就職を希望しているわけではないということを。よって彼らの一部は、非就職希望者なのです(この割合が学校によって違う)。僕はいかにしてその「非」を取り除き、就職に希望を持ってもらえるかということを根底に、カリキュラムを組み立てて来ました。でも、僕は魔法使いではないわけで、それもなかなか難しい生徒がいます。

2年前のこと。バイターンで、アパレルのショップ定員の研修に行った3年生の女子生徒が4名いました。彼女たちは、遅刻も多く、授業中、ノートも取らず、寝ていた4人でしたが、ショップ定員になれるかもしれないとわかった途端に、彼女たちの授業態度が、担任が驚くほどに豹変したのです。まさに、魔法がかかった瞬間でした。

卒業という社会との接続ポイントに希望を灯すということが、生徒に与えるポジティブな影響を痛感し、教師や市民、私たち大人が生徒に対して希望を与えるのは、大人の義務なのではないかと思ったエピソードです。高卒の就職に、生徒たちが希望が持てる就職活動の実現。僕の考えるバイターンとは、中小企業が生徒に大学の4年間では学ぶことが出来ない、かけがえのない社会勉強ができる希望の時間を与える取り組みだと考えています。

以下のイベントを開催致しますので、是非、足をお運びいただき、皆様と共に、バイターンの可能性を広げていければと思います。

第二回困難を抱える若者のキャリア形成・雇用創出支援研究会(仮称)~普通科課題集中校における中間的就労支援について~

困難を抱える若者のキャリア形成・雇用創出支援のまさに肝となる、普通科課題集中校における中間的就労について、学校教育の現場の立ち場から、コミュニティ経済を考える行政の立ち場から、また、人材確保やマッチングの視点の企業の立ち場から、研究者も交えて考える第二回目の研究会の開催の日程が確定致しました。まだ、タイトル等は未定なのですが、前回の学校内での居場所を考える、神奈川県立田奈高等学校の田奈Passを発見/誘導/支援として捉え、その先にある出口/定着支援として有給職業体験プログラム・バイターンを軸に、様々な可能性について意見交換の場にしたいと思います。

日 時:平成26年7月31日(木)18:30~(2時間半~3時間を予定)
場 所:さくらWORKS関内
    神奈川県横浜市中区相生町3−61泰生ビル2階
登壇者:(以下敬称略)
    横浜市立大学 影山摩子弥
    横浜市政策局 関口昌幸
    神奈川県立田奈高等学校 中野和己
    神奈川県立田奈高等学校 金沢信之
    株式会社クレヴァー代表取締役 畠山翼(バイターン受入れ企業)
    株式会社シェアするココロ 石井正宏
定 員:60名程度
参加費:無料
申 込:FBでイベント頁を立ち上げますので、そちらに参加表明していただくか、info@sharecoro.comにメールでお申し込み下さい。
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