2014年01月

「所属と愛の欲求」と「自己実現の欲求」の間にある欲求を満たす制度を〜生活困窮者自立支援制度への期待と不安〜

皆さんは自分のためだけにちゃんとしたご飯を作り続けられるだろうか?

「自分のためになんか作んないよ~」と、とある本好きの女性は言った(あんなに立派なキッチンを持ってるくせに!)。正月に実家に帰省したら、たまたま母も同じことを言っていた。「帰ってもどうせ一人だからご飯作んないでそのまま寝ちゃうんだよね」と。きっと皆さんもそうだろう。人は見られ、評価されることでパフォーマンスを発揮する、承認をエネルギーとして生きる生き物なのだ。

ひきこもりやニートになり社会的に孤立する最大のリスクは、この承認といエネルギーを奪われることだと思う。言い方を変えて、踏ん張りどころを失うと言ってもいいかもしれない。ネグレクトは孤立とはまた別の問題だがけど、承認というエネルギーを奪われるという点で同様のエネルギー切れを生んでしまう…。

「どうせ一人だし今夜はスーパーのお惣菜でいいか…」は「どうせ俺が死んだって悲しむやつはいないんだし」と、地続きでつながっているんじゃないか?

なんとなくそんなことを考えてると、孤独というのは緩やかな死のはじまりなのではないかと思える。そんな新年に相応しくない閉塞感たっぷりなことを考えていて思い出したのが、社会心理学で有名な実験「ホーソン研究」。これは、照明の明るさや休憩時間の長さ、作業工程などが与える作業効率を調べる単純な実験だったのだが…。

作業環境を劣悪にしても上がる作業効率の秘密

実験者であるハーバード大学のエルトン・メーヨーは単純な仮説を立てていた。明かりは明るい方が作業効率が上がるだろう。休憩時間はしっかり取った方が効率は上がるに決まっているだろう。そう単純に考えていた。ところが実験を開始してみると、照明を明るくしても暗くしても作業効率が上がった。単純に考えてた実験が一気にややこしくなった。結局、作業工程をアレコレ組み替えても、休憩時間を長短しても、挙げ句の果てに元に戻してみても作業効率は上がってしまった。

その秘密は、研究員たちが彼らの仕事をしっかりと見て、評価してくれていたことで、従業員たちのモチベーションが上がったからだった。もう一度言おう、人は見られ、評価されることでパフォーマンスを発揮する、承認をエネルギーとして生きる生き物なのだ。

社会関係資本が築けなかった方や、何らかの事情で関係を失ってしまった方が長期的に孤立した状態から抜け出せなくなるのは、この承認というエネルギーを失うからである。これは退職後にひきこもる高齢男性にも当てはまる。セカンドプレイスである会社では承認の欲求が満たされていたけど、退職後サードプレイスを持たない男性は承認の欲求を満たせる場所を失いひきこもりとなる。

現在、生活困窮者自立支援制度に基づく、様々な取り組みが開始の準備をしたり、モデル的に始まったりしているけど、そのほとんどは簡単に言えば、以下の3つの取り組みをすることになるだろう。

①相談して課題を浮き彫りにする。
②課題解決のトレーニングとスキルを付与する。
③仕事を充てがう。


就労はゴールではなくスタートだ

支援を受けた方が仕事が決まった時、支援者に対して、きっと嬉しい報告をするだろう。支援者もそれを待ち望んでいる。そしてそれが最初の承認となるんだろう(僕らのエネルギー源はこれだ)。しかし、例えば使い捨てのような職場環境や、その方の社会関係資本の状態によっては、それが最初で最後の承認になり兼ねない、ということを僕は危惧している。どうか承認され続ける仕組み、社会創りにまでこの制度は及んでほしい。そういった視点で考えれば、受け入れ企業のインセンティブを僕は作るべきだと思う。しかし、今のところ企業側のインセンティブは聞こえてこない。

最後に、この承認の欲求はマズローの欲求階層のピラミッドの上から二番目に位置し、「自己実現の欲求」の下、「所属と愛の欲求」の上にある。組織に所属しただけでは承認の欲求は満たされず、次のステージに行かなければ得られない欲求であることをマズローは示している。

ここ、しっかり目指しましょうよ。

(追記)

制度に深く関わっている方から以下のようなコメントをいただきました。踏まえて読んで頂ければと思います。

面白いし、納得する部分も多いんですが、困窮者自立支援の制度を3つに集約するのは乱暴かなー。もうちょっと広がりがある理解ができるし、その辺を言いきっちゃうとまた誤解が生じて正直現場としては困ることもあるので…



【告知】はにかみ屋のための語りBAR「ヨコハマ・シャイネス・ナイト」@さくらWorks[関内]社会に出づらい若者の就労支援を行っているシェアするココロの当事者向けお気楽イベントです。お気軽にご参加下さい。2/8(土)です。ホストは私です!
スポンサーサイト

誰にも会いたくない若者のための、誰にも会わない完全個別オーダーメイド就労支援『ソロトレ』

そろとれ1

今日は、僕が代表を務めているシェアするココロが提供する新サービス『ソロトレ』について、みっちりと2回目の事業紹介をさせていただきたいと思います(1回目はこちら)。この『ソロトレ』は、現在の若年者就労支援が置かれている歪な状況に一石を投じるものであるという僕の信念もあり、敢えてブログで、ちょっとフランクに紹介せていただきます。また、本事業の説明会も定期的に行っていきますので、直接話を聴きたいという保護者の方は、是非、無料説明会に足をお運びいただき、僕と直接会って話を聴いてみてください。直近では2月8日(土)13:00〜14:30@さくらWorks[関内]で実施予定です。お申し込みは so-dan@sharecoro.com または 045-319-6939 まで。

※以下、とても長いのお時間のある時にごゆっくりお読み頂ければ幸いです。

そろとれ2

「ソロトレ」というネーミングは、ソロ・アーティストのソロ(Solo)と、“そろそろ”動き出そうよというメッセージを込めて名付けました。一人で行うジョブ・トレーニング、それが『ソロトレ』です。一人を強調したネーミングに保護者の皆さんは、「誰にも会わないようにしちゃっていいのか?」「それで効果のあるトレーニングができるのか?」という疑問を持つでしょう。それは当然だと思います。だって僕もはじめはそう思いましたから。でも、考えれば考えるほど一人の方がメリットがあることがわかってきたのです。

そろとれ3

誰にも会いたくない若者は誰に会いたくないのか?

まず重要なことは、誰にも会いたくない若者は誰に会いたくないのか?ということです。この企画を思いついてから、支援機関を利用している複数の若者たちに訊いてみたところ、会うのが嫌だったのは、1.自分と同じ状況の人たち(ニート、ひきこもり)。2.友人や知り合い。3.スタッフでした。

1.自分と同じ状況の人たち。ちょっと自分を上に置いた見下した思いですよね。でもそれはそうすることで自分を守るような発言だと思います。端的に書いちゃえば「オレはあいつらとは違う」であり、「オレはそこまで酷い状況じょない」。だからあいつらと同じ支援は受けたくないという思いです。おじいちゃんが「わしはそこまでモウロクしておらん」と老人ホームを拒む感じに近いかもしれません。

2.友人や知り合い。人知れずになんとかしたいデリケートな問題って誰にでもありますよね、例えばカツラとか…。日本において学校に行っていないのに働いていないというのは秘密にしたいデリケートな問題だと言えるでしょう。カツラを作りに行って待合室で友人と会ったら嫌ですよね?若年者就労支援というのは、待合室であった友人と一緒に語り合わなければならないようなシステムになっているんです。人知れずこっそり自立しているというの、ありだと思うんですよね。

3.スタッフ。このことを話してくれたの大学を卒業して勤めた会社を3ヶ月で辞めた女性でした。早く新しい仕事を探したいという思いがあったけど、「なんで3ヶ月で辞めてしまったのか?」「我慢が足りないんじゃないか?」そんなことをスタッフの人に怒られるのではないかと怖くて、なかなか支援機関に足が向かなかったと言っていました。これもよくわかりますね。

以上のことから見えてくるのは、彼らは支援を受けたくないわけではなく、支援機関にいるであろう人に会いたくないということです。だったら支援機関にいるであろう1と2を排除し、未知のスタッフの未知性、匿名性を排除した僕が講師を務めれば(僕のことはネット調べれば赤裸々にわかります^^;)、支援を受けるハードルが一気に下がるだろうと考えたのです。

そろとれ4

「それってデメリットの方が大きいのではないの?」という疑念の正体は、グループや集団に対する過度な期待や幻想と、ニートや引きこもり経験者は集団行動ができないというレッテル貼りです。私の経験上、みんなたいがいのことはできますよ。なのに支援者も保護者もできない前提で過保護な対応をする。それがウザイんですよ。僕はそう思います。まあ、誰にも会わなくしてあげちゃうのも過保護といえば過保護なんですけどね。

グループ学習に期待することって「皆で個人を支えたり、ポジティブな影響や刺激、競争心によって能力を引き上げたりすることができる」とか「多様な人たちの異なった意見や考え、価値観を知ることで自分自身を見つめ直すことができる」とかですよね。でも実はそれが支援機関にはそんなにないんです。

なぜグループや集団に対する保護者の成長の期待は裏切られるのか?

その期待は、年齢や能力が近く、同じ目標を持った者同士で起きる特別なケミストリーなんです。そもそも若者支援機関の対象年齢の15歳から39歳というのは親子ほどの年齢差です。そして一度も就労経験のない方から、正社員経験のある方、或いは発達的課題をお持ちの方や、通院服薬されている方、学歴や経済状況まで、就労支援機関には本当に多様な背景を持った3世代の方々が利用されているんです。これでは期待されるケミストリーは起きず、次のスライドのメッセージボード及び下部のグループ学習のデメリットの方が強く出てしまうのです。

そろとれ5

これらは誰もが無料で受講できる公共事業の公平性と、切り詰めた費用から効果(就労支援であれば就労達成率)を生もうとすれば当然起こることです。ちゃんと言っておきたいことは、これらは実施団体の努力や工夫の総量とはまったく関係なく起きてしまう公共事業の特性。言い換えれば限界なのです。僕はこのこと自体を批判しているのではありません。このようなサービスだけに留まり、委託事業を超える自主事業を持たずにNPO法人等は掲げたミッションを達成できるのでしょうか?若年者就労支援業界は若者たち及び保護者の支援ニーズを委託事業だけで拾えるのでしょうか?このことを考え、シェアするココロが辿り着いたひとつの手法が『ソロトレ』です。

そろとれ6

学力下位校の放課後に行われている補習プログラムを見学させてもらったことがあります。驚いたのはマンツーマンで教える先生方のイキイキとした姿でした。生徒たちも問題が解けた喜びを笑顔で返しています。教育の本質を目の当たりにした瞬間でした。そのときの先生がおっしゃっていたのが上記スライド冒頭の言葉です。

しかし、公教育では個別のニーズに対応する限界がありますし、個別に対応する人件費もありません。『ソロトレ』は公共サービスの限界を限界で終わらせず、個人負担による個人のための完全オーダーメイドのサービスを実現します。委託事業では手の届かない個人のコアな課題にリーチし、成果を上げていきます。

そろとれ7

彼らに最適な支援スタイルはグループ型ではなく個別型

ここでニートやひきこもりの若者たちの特性について考えてみたいと思います。彼らの最大の特性は「空気を読み過ぎる」点にあり、ある種の自滅型だと言えます。昔、バカボンにこんなお話がありました。将棋名人とバカボンパパが対局をするのですが、バカボンパパが一手打ったら、将棋名人は最後までパパの手を読んで一手も打たずに「参りました」と降参してしまいます。手を読みすぎた挙げ句に何もせずに降参したその様と、ニート状態の若者たちが僕には被ってしょうがありません。彼らのこの特性とグループ型指導の相性の悪さは、簡単に想像がつくと思います。特性が邪魔をしてケミストリーが起こらず、わからないことも質問できず、やってみようかと思ったことも空気を読んで止めてしまう。ここがボトルネックとなり、支援機関利用の長期化は起こるのです。彼らに最適な支援スタイルはグループ型ではなく個別型なのです。

そろとれ8

世の中に誰とも関わらず一人で働いている人はいません。最終ゴールをみんなと働く就労とする以上、やっぱり人との交わりは働く前に必要だと、皆さんはまだ思っていることでしょう。僕も必要だと思います。だから僕とたっぷり交わってもらいます。なんなら僕が飲みに行く時に付いてきて僕の愉快な仲間たちと交わってもらってもいいです。これは委託事業ではないのでなんでもありです。しかし、僕はそんなことも要らないと思ってます。だって、彼らは別に集団の中で何かができわないわけじゃなく、集団の中に入る機会がないだけなんですから。

僕はこれまで,多くの若者の職場体験やジョブトレというものの同行支援をしましたし、会社でジョブトレ生も受け入れて来ましたが、みんなちゃんとしてました。ちゃんとしてないことは、ちゃんと社会が教えてくれます。大切なことはちゃんとしてなかったときに「こいつダメだな」と見捨てられるのではなく、「おい、おまえ」って注意される力、即ち可愛がられ力です。そんなのは喋らなくたってちゃんと挨拶してお礼してればいいんですよ。『ソロトレ』はそこをみっちりやりますよ!

そろとれ9

若者と支援機関はミスマッチを起こしている。

そろそろお腹いっぱいだと思います。残りは是非、説明会に足をお運び頂いてという流れもありですが、そんなケチなことはしません。真剣に自分のお子さんのことを考えて読んで下さっている保護者の皆さんのために最後まで続けます。お子さんを『ソロトレ』に行かせたいと思ったら、是非このブログのリンクを渡して下さい。

とあるお母さんが、僕との相談終了後にしみじみとこんなことを言いました。僕はこの言葉は多くの保護者の代弁だと思い、お母さんの後ろに何十万人もの保護者の姿を見ました。

「ニートの若者は支援機関に行くタイプと、絶対に行かないタイプの2タイプしかいないと思うんです。うちの⼦は絶対に行かないタイプなんです…」

「負けた」と思いました。どっちが多いかといえば、支援機関に行かない若者の方が多いわけです。その行かない若者を行かせる支援は、もうやってもしょうがないんじゃないかと思っちゃいました。支援機関に行かない若者が行ける支援を考えなければ…。そんなこんがらがった思いを解きほぐしていく過程で思ったのが若年者就労支援業界の歪さであり、その結果誕生したのが『ソロトレ』でした。

そろとれ10

いったん整理するとこういうことを目指していきます。短期集中とありますがここからは具体的な『ソロトレ』の中身について語っていきたいと思います。
『出張ソロトレ』も承っています。一人で受けるものなので、ご自宅の自室でも構いませんし、内容によってはファミレスでも実施可能です。

そろとれ11

タダより高いものはない。

若年者就労支援業界ではお金を取ることが2つの理由で非常識化しています。一つは国や地方自治体の事業として一定程度のインフラが整備されつつあり、無料でプロフェッショナルなサービスを受けれるので、有料事業が成り立ち難いということ。もう一つは理念としてお金を取らないというボランティア精神や市民活動の誇りのようなものがあります。僕は誇りや精神に対して批判する気はありません。ただ、これまで無料の委託事業に関わる中で無料の弊害を明確に感じています。それが上記スライドです。お金のない方から取れとは言いませんが、上記スライドのように身銭を切った方が、相談の効果は確実に上がると僕は考えています。若者たちは人生の大切なキャリア形成期にいます。短期集中投資として『ソロトレ』の利用をご検討下さい。

そろとれ12

当たり障りのない標準化された支援より、あなたにジャストフィットのオーダーメイド支援を

NPO法人にも優れた有料の自主事業があります。僕も保護者相談では太鼓判を押してお勧めさせていただいている事業があります。しかし、そのどれもがグループ支援です。そこに参加できる人は是非参加してほしいと思いますが、最初に言った彼らが会いたくない人はそこにいるのです。またグループという集団を動かすにはルールが絶対に必要です。ルールを破ることは認められませんし、ルールを守ることが社会性を身に付けることだと指導しています。つまり委託事業とはまた別の標準化がそこにはあります。本人の顔色を見てその日のやることを決めるような個別のオーダーメイドの支援はグループ型ではできないのです。

そろとれ13

ここでNPO法人の自主事業に参加している若者たちがどのような経緯で参加に至っているかをお話しましょう。主にその経緯は以下の3つのタイプに分かれます。

①サポステ等委託事業を利用したが結果が出ず、より集中した支援を必要とした方。
②就労への不安感が強く委託事業のハードルが高く参加できなかった方。
③ひきこもり状態で家庭訪問支援等を受け、②と同様の理由で自主事業に参加した者。


このようにNPO法人の自主事業は委託事業の下位組織的に形成されおり、就労困難度の高い若者の受け皿として機能し、彼らに照準を合わせたカリキュラムが用意されています。その結果が上記のフローチャートのように支援は長期化します。このような支援を悪いと言っているのではありません。このような支援は絶対に必要です。でもこのような支援しかなくていいのでしょうか?

そろとれ14

今回、『ソロトレ』の企画を練っていく中で、「個別指導」をキーワードに参考にさせていただいのは某英会話教室のこだわりでした。そこに書かれた講師を独り占めできるメリットは、まさに講師が望む理想の形態です。講師はセミナー中に多くの気づきを得ます。特に僕のようなワークショップを多様する講師は、参加者の得手不得手を次々と把握していくでしょう。許される範囲で参加者にフィードバックしますが、他の参加者の前では⾔えないアドバイスや、時間配分により講師が指導したくても指導できる時間は上記のスライドのように限られています。『ソロトレ』なら、僕の感じたことを余すところなく伝え、それを改善するための新たな指導をその場ですることができるのです。

そろとれ15

支援に時間をかけるほどリスクは高まる。

『ソロトレ』は1回2時間半(60分のセミナー×2セット+振り返り面談)のトレーニングを8回を行い、毎回宿題を出し、常時メール相談を受け付けるというスタイルで2ヶ月間かけて行われます。セミナー総時間は840分14セミナー、面談は360分です。サポステ等の利用は2週間に1回60分程度の相談を受ける形が一般的です。これをベースに考えると、相談だけで3ヶ月分。セミナーに関しては上記スライドはちょっと大袈裟ですが、2年2ヶ月を濃縮したようなセミナーを提供し、2ヶ月で就労達成を目指します。

「支援慣れ」という言葉が業界用語としてあります。支援を受けている状態が常態化し、支援を受けることが働くための手段ではなく目的となり、定着安定したことで支援者の目が不安定な利用者に向かうことで、手の掛からないレギュラーメンバー入りしてしまうのです。支援を受けいていることが働いていない大義名分にもなることもあるようです。二枚後の厚労省が公表しているサポステの就労決定時期が、時間経過とともに決定率が下がっているのは、このことが影響している可能性があります。

そろとれ16

果たしてこの2ヶ月は短いのでしょうか?上記スライドの下部にあるように、サポステ利用者で最も多く就労を開始する時期が利用開始から3ヶ月以内が最多であり、恐らく彼らが2週に1回の利用だったとすると、『ソロトレ』の方が支援密度は高くなりますので、サポステで半年くらいかけて就労が達成する層であれば、2ヶ月で充分就労は可能だと思います。また、『ソロトレ』の濃度は2年2ヶ月分ですので、1年以上2年未満の層でも結果が出るものになると考えています。以下に厚労省が発表しているデータを参考に貼っておきます。

厚労省
そろとれ17

最後に『ソロトレ』から正規就労までのイメージを確認しておきます。『ソロトレ』の後期は、一緒に求人雑誌を見ながら本人の適正にあったアルバイトを一緒に探し、電話掛けの手伝い(まるでテレビ局のADのようにカンペを出してします!)もし、2ヶ月終了時点或いは終了後1ヶ月以内のアルバイト開始を目指します(就労開始までメール相談は継続します)。その後アルバイトを1年は継続し、その実績で履歴書の空白を埋め、正規就労の就活を開始。この頃にはヤングハローワーク等の支援機関利用のハードルは下がっているはずです。是非、『ソロトレ』を入口に正規就労を目指して下さい。料金や利用開始の流れ等はこちらのP15をご覧下さい。

人前で話すときに絶対してはいけない基本姿勢 〜『TEDトーク 世界最高のプレゼン術』ジェレミー・ドノバン(読書備忘録)〜

昨年は起業以来、もっとも多くの講演依頼をお受けした年になりました。なかなかいいフィードバックも頂いたのですが、自分としてはまだまだかと反省しています。

もっと導火線に火を点けるような、行動に駆り立てる衝動を提供しないと、自分たちの掲げたミッションを達成出来ないと思っていますし、もっと上手に「論理的事実」を整理し、そこにピッタリと合った「感情に訴えるストーリー」を話せば、もっと大きなウェーブを創り出せたんじゃないかと思うんです。

そこで、今年は話し手として、もう一段高いステージを目指したいと思っています。そのステージがTEDになることはないと思うのですが、特に短い時間の講演の満足感が自分的に低いのと、さらに短いスピーチでは、自分の緊張が解れる前に舞い上がったまま終わってしまうという弱点を克服したく、プレゼン時間が18分のTEDのプレゼンターたちのスキルを解説した『TEDトーク 世界最高のプレゼン術』ジェレミー・ドノバンの本を手に取りました。

内容的には、(私の勉強不足だけかもしれませんが)誰も教えてくれなかった目から鱗なノウハウが満載でありながら、それでいて納得感の高いものが紹介されていると思います。しかし、英語圏ではいいけど、日本ではどうかなと思うものも一部ありました。例えば、オーディエンスに対しては「皆さん」や「あなたたち」ではなく「あなた」にしなさいとか、ジョークに関する記述などですが、「あなた」にする理由は聴衆との距離を縮めることというコンセプトには納得感があり、さて自分(日本)ならどうしようと考えるキッカケとなりました。

今日はその中から、プレゼンや講演などをしない人にも有益な情報だと思う身体コミュニケーションについて紹介致します。

皆さんは人前で話をする時、手はどうしてますか?僕はギターがなくて手持ち無沙汰という勝手な理由で、胸の前辺りで両手を合わせているのですが、本書はこんなアドバイスをしています。

「覚えておいてください、つねに両手を腰より上げた状態で大切な誰かと会話することなんてできません。なぜならそこにバリアが生まれてしまうからです」

なるほど。そういうえば僕の心の憶測には舐められないようにしようとか、自分のことを馬鹿にしている人がいるんじゃないかなど、どこかに緊張から来る敵対関係になるような感情が潜んでいたかもしれません。本書では、自然に手を下げた、親しい友人と話すようにするべきだとあります。TEDを、観たことのある人なら感じていると思いますが、聴衆とプレゼンターのコミュニケーションが非常に大切に扱われているんですよね。

さて、皆さんは本書のいう、下記の「絶対にしてはいけない基本姿勢」をしていませんか?

・局部を隠すような姿勢:両腕を隠下ろして、身体の前で組んでいると、自信がなくておどおどしているように見えます。
・ポケット:ポケットに手を突っ込んでいると、無気力で関心がないように見えます。
・休めの姿勢:両腕を下ろして、身体の後ろで組んでいると、何か隠しているんじゃないかと勘ぐられます。
・腰に手:腰に手を当てていると、挑戦的で傲慢な態度に見えます。
・腕組み:腕を組むのは、何かを拒否するような挑戦的な態度です。

このようなことを鵜呑みにする必要もないと思いますが、ノウハウを知ることで、まだまだ自分自身の行っているコミュニケーションやプレゼンテーションに改善の余地があることを知ることで、どのような自己研鑽をするべきかわかったことが収穫です。人前で話す機会のあるすべての人にお勧め致します。

TED Talks in Japanese | Translations | TED.com
『TEDトーク 世界最高のプレゼン術』ジェレミー・ドノバン

なぜ僕たち支援者は出口強化系と入り口メンタル系に2極化するのか?

サポステをはじめとした若年者就労支援に成果を求めるは当然なのだけれど、
成果を過剰に求めるあまり、上澄み層を上手に掬い上げる機関となり、
就労困難なマジョリティ層には響かない支援になってきているように感じる。

言うまでもなく、しっかり押さえておかなければならないのは、
「上澄み層を上手に掬い上げる機関」というのは、
言い換えれば「体よく就労困難層を排除する機関」でもあるわけで。
これをキレイな業界用語では「リファー」と言う。
と言ったらあまりにシニカルだろうか。

俯瞰して若年者就労支援機関を見てみると、
行政の制度設計上は、国の施策や地方自治体独自のものが補完関係を成しながら、
入り口から出口までを階段のように並べ、
これを下から順に上っていけば出口に辿り着けますよ、
ひきこもっていていもこの階段があれば働けるようになりますよ、
という取り組みがなされているように見える。

「見える」というのもこれまたシニカルだが、
ビジュアル的にはペライチで収まってても、実際にはそこには距離=移動があり、
地元の居場所機能を持つ機関利用で就労意欲が出てきたので、
今度は就労支援機関を利用しようと電車賃往復600円払ったりはしない。
(地方だと数千円、または支援機関がない)

あなたが歯医者や美容室を簡単には変えないように、
ゼロから関係を作らなければならない次のステップに若者は移動しないのだ。
背景にはセカンドレイプの怖さに近いものもあったりする。

こういうことを解消するための発想としてワンストッップという、
総合相談窓口のような入口から出口までという発想があったりするわけだけど、
日本のような若年者就労支援という歴史が浅く、食えないジャンルで、
総合相談窓口を回すような人材がいる団体はないし、人も集まらない。
行政を絡ませると縦割りでさらに回らなくなる…。

そのせいか「ワンストップ」という言葉は、
湯浅さんのハロワ・ワンストップ作戦の頓挫以降、
死語になりつつあるように思うのは僕だけだろうか?

サポステというのは厚労省と地方自治体が地元のNPO法人等へ、
委託事業として運営を任す公設民営の就労支援機関だけど、
善くも悪くも実施するNPO法人の理念が大きく反映されており、
いろいろなサポステに伺う機会が多い僕は、
これが同じサポステでいいのか?という思いを禁じ得ません。

ただしこれ批判ではなく、
我ら支援者の性(さが)のようなものを感じ、
愛を込めた苦笑を禁じ得ないといったニュアンスですがw。

すでに長くなっていますが本題はここから。
「なぜ僕たちは出口強化系と入り口メンタル系に2極化するのか?」。

念のために解説しておくと「入口」とは支援機関への導入部で、
十分な心のケアや寄り添いといったものが必要で、
自立=就労という結果はすぐに出ないため費用対効果が上がりにくい。
(正確には目に見え難い。これを解消するのがSROI

一方「出口」とは、支援の終結である就労とそこへの定着を指す。
キャリア系た人材ビジネス系のアプローチで、インターンシップや職業体験等、
就労実績をいかに上げれるかということに眼目が置かれている。
費用対効果がわかりやすインパクトがある。だから行政は食いつきやすい。

これに関してはドーナツトークの盟友田中俊英さんが本日タイムリーにアップしたブログ
「ミッションがあとまわしになる、ソーシャルセクターの3つの理由」の2に書かれている
「ソーシャル・アントレプレナー型ベンチャータイプ」が当てはまりそうだ。

僕たち支援者というのは、どんなに行政が制度設計しても、
結局自由に己のミッションに突き進んでしまう性質を持っているんだと思う。
これはドラッガーの『非営利組織の経営』に書いてある紐づけの話だろう。
ミッションが食い違えば切れた凧のように消えていく…。

そして一方、この業界の成熟か衰退かはまだわからないけど、
田中さんが言うような、“やりたいことは大雑把にはあるものの”
己のミッションを明確に持たない団体や支援者も多く参画していきているのも、
もう一つのポイントだと思う。彼らも食いつきの良さで出口強化型が多い。

そして、経済の縮小が社会保障を喫緊の課題に押し上げたことで、
サポステも立ち上げ当社から比べ、就労実績の成果の問われ方が
年々厳しくなってきていることが相乗効果となり、
冒頭の出口強化系である「上澄み層を上手に掬い上げる機関」という傾向に拍車がかかり、
マジョリティに響かない支援になっているという現状が生まれていて、
僕をはじめ危機感を持っている支援者関係者は多いと感じている。

色々な団体で話を聴くと、ここへの反発は当然のことのようにとても強く、
その衝動がある種の正義感として入口メンタル強化系のモチベーションになっているように感じられる。

ここで本質的な話をすると、そもそも支援者のモチベーションは、
自分(支援者)が他者(若者)への影響を及ぼすことに喜びを感じる価値観を持った
人間たちであることを考えると、
階段の真ん中に制度設計された機関でも、中身は相当入口よりになってたりする。

それは行政が設定したターゲットよりも、
実は困難度の高い若者が利用を求めて来所している設計のミスマッチに起因してたりもする。
逡巡を繰り返しやって来た若者たちを追い返さず受け止める。
徐々にその方のような方々が増えていくとカリキュラムを用意するようになり、
結果、中間に位置づけられていた機関が入口側に寄っていく(いかざる得なくなる)。

(ここで動くか動かないが最近田中さんのやってるソーシャルセクター分類の踏み絵かなとw)

こうして2極化は生まれ、真ん中がぽっかり空いた支援のドーナツ現象が起き、
中間のマジョリティ層の行き場が失われていっている。
それが現状の若年者就労支援業界ではないだろうか?

僕個人の意見では160カ所にまで増えたサポステを出口強化機関にしていくのではなく、
このドーナツ部分を埋める中間の階段をどっしりと埋める機関になり、
ダメなとこはバッサリ切る精査をした上でさらなる拡充を目指すことと、
セットでハローワークとサポステが求人票の行き来等ができる柔軟な体制となり、
より幅の広い出口強化ができることが、理想なのではないかと現時点では考えている。

「もう少し様子を見ましょう」から「今は充電中」までの間にできる社会的ブランクは誰のせいか?

不登校になった生徒の保護者によく投げかけられる代表的な言葉は、
「もう少し様子を見ましょう」だという。

そして、ひきこもりの我が子の相談に行った病院等でよく言われる代表的な言葉が、
「今は充電中」だったりする。

例えば小学4年生(10歳)で不登校になり、卒業式だけ出て卒業し、
中学は入学式には何とか行ったもののその後3年間不登校だったが、
卒業だけはさせてもらったとか。よくある話。

この間、言われ続けるのが「もう少し様子を見ましょう」だ。

通信制の高校に入るがあっという間に中退。
中退で学校という所属を失った途端に不登校という肩書きはひきこもりに変わった。
これもよくある話。

学校に行かないなら働くかということで、
母のコネでアルバイトを始めるものの三日で辞めてしまい、
そこから2年間のひきこもり。年は18歳になった。

心配した母が心療内科に相談に行くと先生がこう言った。
「今は充電中ですから、もう少し待ってあげましょう」
充電が完了したら必ず動き出しますからという無責任な暗黙の太鼓判に、
ここから母は4年待った。としよう。

そしてこの4年が竜宮城の様に、実にあっという間だったりする。
本人は小学校以来、集団行動を知らない22歳になっている。
社会的ブランクは一昔を越えて12年。ほんとよくある話。

待ち切れなくなったというよりも、自分の老後が心配になり出した親は、
ひきこもり支援をしているNPO法人に相談に行った。
母の促すに渋る子ども。
とある親の会では「自分のタイミングで動き出すのが一番」
なんてことを聞いた母も押しが弱く、
支援機関に現れたのは25歳を前にした春だった。

社会的ブランクは15年になっている。

ほんと浦島太郎状態とはこのことだな。
発達に課題を持っていると見立てた若者を前に支援者はどうしたもんかと思う…。

ああ、雑作もなく書き連ねてしまった、腐るほど聴いてきたよくある話。

振り返ると。親は不登校期とひきこもり開始期の大抵2回、SOSを出している。
そしてそれを一度目は「もう少し様子を見ましょう」でいなし、
二度目のひきこもり開始期は「今は充電中」でかわされてる。

親はこの現実から逃げ出したい。
よく考えたら地獄の様な日々をごまかしごまかし生きてきた。
でもこれじゃダメだよね、と奮起して誰かのドアをノックする。

のっそりと顔を出したやつはこういう「もう少し様子を見ましょう」と。

逃げ出したい現実にまたとない口実が与えられ、
ぬるま湯の中で手首を小さく切ったような7年間の先送りが開始する。

やばいよ、ほんとうに死んじゃうよと駆け込んだ病院で、
医者は目も合わせずにこう言った「今は充電中」と。

おまえらなんなんだよ。

日本の社会は「他人に不都合を与える人」に対しては異様に厳しいが、
「他人に不都合を与えない人」には異様に寛容な社会だ。

そしてひきこもりの若者は得てして「家族に不都合を与えない人」として、
涙ぐましい努力をしていたりする。

誰が悪いではなく、
この日本社会の自明としてひきこもりという現象があるような気がする。


(以下追記)

支援者としてどうすればいいかということをちゃんと書いておこうと思います。
まず僕がこのような相談を受けたら最低限以下のような言葉を付け加えます。

「もう少し様子を見ましょう。そのかわり◯◯まで今のままだったらもう一度面談しましょう」

◯◯には「修学旅行に行けなかったら」や「夏休み」などの節目として、
そこまで変化がなければ学校以外に行ける場所(セカンド・プレイス)の提供を模索すると思う。

「今は充電中なので、もう少し待ってあげましょう。ただし本人の納得感のある期日を設け、
それまでに自らの力で現状を変えれないようなら支援機関の利用を考えようとして下さい。
そのときはまたご相談にいらしてくださいね」

ポイントはいつまで末のか、待ってもダメな場合の次のアクションへのアドバイスです。
本人と会えるなら,本人を交えて約束をしてみるべきだと思います。

ちなみに保護者セミナーを1月26日(日)@関内さくらWorksで開催します。
より具体的なアドバイスを致しますので、よろしければご参加下さい。
http://sharecoro.com/seminar/seminar.html
xmlns:og="http://ogp.me/ns#"
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。