2013年04月

40歳以上のまとまった職業経験がない方々がいることを社会は前提としていない。〜失業者支援と無業者支援について〜

はじめに、僕の考える失業者と無業者の違いを明確にしたいと思います。

失業者:まとまった職業経験があり求職活動に熱意がある。
無業者:まとまった職業経験がなく求職活動が不安がある。

ちょっとざっくりすぎる気もしますが、まあ、こんな感じでしょう。
この「職に就いていない」という状況は同じなのに、
両者の状態には雲泥の差
があります。

状態の差が支援の違いとなるため、ハローワークに代表される「失業者支援」と、
サポートステーションに代表される「無業者支援」の施策や手法が違っているわけですが、
現状では、40歳になると状態ではなく年齢で分けられてしまい、
40歳以上の無業者の方々が受けられる支援がありません。


これは厚生労働省の若年者就労支援の対象年齢が15歳〜39歳だということだけではなく、
40歳以上のまとまった職業経験がない方々がいることを社会が前提としていない
ということではないでしょうか。

斎藤環さんの『ひきこもりのライフプラン』等、
高齢ひきこもりの問題は業界でもずっと課題とされながらも、
打開策を見い出せず、自分の反省も込め、先送りし続けてきている問題だと思います。

今回はこの問題について考えてみたいと思います。

シェアするココロでは、失業中の方を対象とした、
生活給付金付きの職業訓練「求職者支援訓練」を受託している団体さまから、
ビジネスマナー等の講座の企画運営のご依頼をお引き受けしており、
39歳以上の“元若者”の方々とお会いする機会があります。

僕も講師を務めさせていただくことがあるのですが、
驚くのは、受講している40〜60代の方を中心に、
皆さん拍子抜けするほど朗らかで明るく、
20〜30代の暗く不安げな若者たちとは大違いだということです。

僕はこの違いに、
「失業者支援」と「無業者支援」の違いのすべてがあると考えています。

40〜60代の彼らに、
人生を棚卸しするワークショップをしていて気付くのですが、
彼らには立派な職業経験があり、聞けば様々な武勇伝や苦労話が飛び出します。
多少盛ってるにせよリスペクトに値する方々が必ずいます。

彼らは右肩上がりの社会で、一定程度の職業的成功体験を積み、
自己効力感を醸成し、それが笑顔となり朗らかさを醸しているのです。

どこか「なんとかなるさ」というムードが場にあるんです。

僕の中では彼らのような方々が失業者であり、
ただ、職が失われているだけの状態の方々であり、職に就けれさえすれば、
直ちに元の生活に戻っていける方々です。

一方、何らかの事情により、
職業経験が殆どない20〜30代の無業者の方たちには、
ただ職を斡旋しただけではどうにもならない、深い心の闇のようなものを感じます。
自己効力感の醸成や自尊心の回復のような、内側からのケアが必要な方々なのです。

30代の方の中には、39歳という支援のタイムリミットが迫っている方もいるわけですし、
このままではいけないと思いながらもひきこもりから抜け出せない40歳もいるわけです。

仮に40歳のひきこもりの方が、
40歳という年齢の境をきっかけに支援を受けようと思うと、
現状では失業者支援を受けるしかありません。
自分を支えてくれる社会的仕組みがないことを知り、気持ちが萎え、またひきこもる…。
そして、今の社会はその気持に誰も共感はしてくれません。

実は支援の現場では年齢制限とはまた別の現象が起きています。
39歳までを対象としていながら、
運営団体の問題とは関係なく、39歳の方が居心地のいい空間ではないということです。
自分より年下の利用者が大半を占め、話題やムードについていけない。
スタッフが自分より年下で凹む…、などなど。

まだまだ考えなければならいことは多いのですが、
凄く大きな問題定義になりますが、以下の様なことを提案したいと思います。

1.第一に40歳以上のまとまった職業経験がない方々がいることを社会が前提とする。
 SNEPなどの調査が行われていますが、まだまだ把握がされていないと思います。
2.若者を15歳〜39歳という区切りではなく、15歳〜29歳という区切りにする。
(10代にとっては30代はおじさんなので、15歳〜22歳という区切りの必要性も感じている)
3.30歳〜50歳までの無業者支援を制度化する。

自分でもこれだけ書いてきて、最後これかよ、と思う(苦笑)。
でも、1.のように今あるこの現実に向き合うことからはじめなければならないと思います。
今後もこの問題について考えていきたいと思いますので、
ご意見や僕の知らない支援や制度について、コメント等いただければと思います。
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困難を抱えた若者の“困難”とは社会が許容できなくなった個人の特性であることに改めて気付く。|平成24年度「QOUL|大学生の生活満足度調査」事業のご報告

以下は本日配信致しました、
株式会社シェアするココロのメルマガからの抜粋です。

24年度お世話になった皆さま、本当にありがとうございました。
シェアするココロを代表してお礼を申し上げます。
そして引き続き25年度も変わらぬお付き合いをしていただきますよう、
何卒よろしくお願い申し上げます。

今回は平成23年度から開始した厚生労働省の補助事業、
「QOUL|大学生の生活満足度調査」の24年度版の調査結果を、
ウェブサイト(http://qoul.net/)に公開致しましたので、
皆さまにご報告致します。

また、この度の調査にご協力下さった、
全国の地域若者サポートステーションの皆さまと、
ヒアリングにご協力いただいた利用者の皆さまにも、
心よりお礼を申し上げます、ありがとうございました。

今回の調査は、全国116カ所のサポステを利用している、
大卒及び大学を中退した方々
(以下、呼び方に賛否あると思いますが「大卒無業者」)に対し、
主に大学時代について訊ねるものとなっています。

23年度の大学在籍中の大学生へのアンケート結果と併せて考察することで、
大学内で困難を抱えた状況の方々の傾向や、
学内での支援策についてより具体的に検討する材料となったと思います。

支援の現場に現れる大卒無業者の方々が「同じ人?」と思わせるほど、
大学時代のエピソードが似通っていることを皆さまはご存知でしょうか?
その特徴は概ねこんな感じです。

①大学入学後、高校との大きな変化に戸惑いを感じすぐに孤立。
②就職活動の時期が来ても不安が強く就職活動を行わない。
③進路未決定で卒業。
④卒後フリーターを転々としながら、徐々にニート常態となり、将来の不安から来所。

今回、大学関係者でもある本事業委員の方々と議論する中で思ったことは、
彼らは「いつの時点で困難を抱えるのか?」ということと、
その困難を「誰が責任を持って対応するべきか?」ということです。

このことをずっと考えているうちに、
「その困難とはなにか?」という根本的な問題に辿り着きました。

正直に告白すると、
私は、「困難を抱えた若者」という言葉を千回以上使っていながら、
では、「その困難とは何か?」という根源的な問いから逃げていました。

言い訳はこうです。
「一人ひとり多様な課題を抱えているのでこれだということは言えない」
(お叱りを受けそうですが、実際そう考えている同業者は多いのでは?)
そしてこの多様な課題は何時間でも話せるんです。
でも「それを一言で言うと?」と問われたら「……」でしょう。

今回のアンケート調査で、
私にとっての大きな成果はこの答えが私の中で明確になったことです。

困難を抱えた若者の「困難」とは何か?
それは、社会が許容できなくなった個人の特性です。

今なら私はこう答えます。
そして、このことを国民的な合意としなければ、
私たち大人は、若者の特性を矯正することに注力し、
変われない若者たちを自己責任という言葉で、
社会から排除し続けてしまうのではないでしょうか。

社会の側を変える、
私たちが変わることを蔑ろにしてはいけないと思います。
このことを私たちが、どう考えるのか。

そして、大学がどのような社会的機能を果たしていくのか。
高校にもさかのぼって考える材料がここにあります。

是非、ダウンロードしてご覧いただき、
ともに、若者の未来とこの国の未来を考えていきましょう。

[株式会社シェアするココロ 代表取締役/石井正宏]

報告冊子データは下記URLより、ダウンロード頂けます。
http://qoul.net/kekka.php

また、弊社スタッフの本事業感想をメルマガ及びfacebookで紹介させていただきましたので、
ご興味をお持ちいただいた方は、是非、スタッフの思いもお読み下さい。
こちらからどうぞ。
株式会社シェアするココロ facebookページ

引きこもりの若者の3つの状態。しかし見た目は1パターンの落とし穴。

引きこもっている若者と保護者の関係は非常にデリケートです。
保護者の方からよく聞くのは、押していいのか、引くべきなのか、
どう対応していいかわからないということ。

一緒にいる時間の長いお母さんたちはイライラが募っていて、
「本当はドカ〜んと言ってやりたいんだけど、
 それは逆効果だから我慢しているんですよ…」と困り果てた様子で言います。

でも、それが本当に逆効果なのかは判断が難しいですよね。
ドカ〜んはともかく言った方がいい場合もあります。

支援の手法はケースバイケースですし、様々な考え方があると思いますが、
今日は僕が弊社の保護者セミナーでお伝えしていることを書いてみたいと思います。

まず最初のポイントは、引きこもりの方の状態は、
ざっくり分けて3パターンしかないと僕は考えています。

1.どうすべきかを葛藤し、将来のことを考えている。

2.引きこもりが長期化し、どうしたらいいのかわからなくなっている。

3.思考を放棄して何も考えていない(或いは自分の置かれている状況を理解していない)。

時系列でいうと、1.が引きこもりの初期段階の方に多いです。
葛藤を解消できず、壁に穴を開けたり親への暴力をふるうなどはこの時期。

本来は気のおける仲間たちと語り合い、
ぶつかり合いながら気づくことを一人でやるわけですから、
こういう状態が長引くのは精神衛生上、相当しんどいんはずです。
ですので、ここはあまり長くは続かないので、親的にはちょっと我慢の時期だと思います。

実際、「僕も引きこもっていた時期がある」という言葉は、
個人の引きこもりのイメージにより重さは違うにしろ、
1.から自力で抜けていく若者の方が実は一般的なのかもしれません。

1.のような、自分で考えられている時期に、
保護者からの情報提供や第三者の介入は逆効果です。
精神科医や保健所に相談に行くと、
「充電中なので待ちましょう」というアドバイスをされることが多いようですが、
待っていいのはこの時期だけです。

この時期を過ぎても待ち続けたことが致命的になっているケースが目立ちます。

逆に、物や保護者に当たり続け、
数年経っても収まらないケースは医療的な面からの相談をお薦めしています。

1.が充電期だとすると、2.の中期以降は放電期になりエネルギーを失っていきます。

しかし保護者の方は、「今は充電しているのだから待ちましょう」というアドバイスや、
1.の頃の荒れた状態に戻るのが怖くて、「待ち」の状態を維持し、
向きあいことを先延ばしにしてしまいます。

この保護者の心理は非常によくわかりますが、
「どうしたらいいのかわからない」状態で待っても何も起こりません。
(待ったことが功を奏したケースも勿論あります)

支援機関の情報提供や家庭訪問の依頼等、
次のステージの提案をしてあげるべき時期が2.です。

ここをスルーして4年ぐらい経ち、或いは子どもが30歳を迎えようとした時に、
保護者の方はいい加減まずいと支援現場に相談に訪れます。
この時には手遅れとは言いませんが、かなり社会復帰に時間のかかる状態になっています。

3.も稀にあります。中には知的や発達に課題を持っているケースもあります。

2つ目のポイントは、
それぞれの状態は違うものの、保護者が目撃する姿、或いは保護者目線では、
見た目がすべて3.の「何も考えていない」ように見えるということ。
ここに長期化の落とし穴があります。

1〜3の状態では、“してはいけないこ”と“するべきこと“が違うのに、
保護者にはすべて3.にしか見えないので、“してはいけないこ”をしてしまう…。

ここに家庭内での保護者の対応の難しさがあり、問題が起るポイントだと僕は思います。

最後に3つ目のポイントとして、それぞれの対応のポイントをまとめたいと思います。

1.どうすべきかを葛藤し考えている。
こういう時は待つ。してはいけないことは、ここで「ちゃんと考えなさい!」的な説教。
本人はちゃんと考えてるので、これはキレます(苦笑)。壁の穴はこれでしょう。

2.引きこもりが長期化し、どうしたらいいのかわからなくなっている。
ここはしっかり情報提供。してはいけないことは「待ち」。
生活パターン等、落ち着いてきたなと思った時に、第三者の力を借りることを提案してみましょう。

3.思考を放棄し何も考えていない(或いは自分の置かれている状況を理解していない)。
ここはしっかり向き合うことを考えましょう。してはいけないのは友だち親子的共依存です。
「家族関係は非常にいいんだけど」と思っている保護者の方は、
自分のお子さんのことが客観的に見れていない可能性が高いので第三者に相談してみて下さい。

最後に、保護者の方にお伝えしているのは、
僕が家庭訪問して出会った若者たちは、
ほとんどの方が全員が2.の「自分ではどうしていいのかわからなくなってしまった」方たちでした。

そして、僕の実感ですが、
彼らは、僕のような支援者が現れるのを待っていたんだろうな、ということです。
ここに保護者と本人の「待ちのお見合い」があるんです。

ちょっと前に書いたこのブログには、大学生とキャリア支援センターのお見合いについて
書きましたが、いろんなところで、いろんなお見合いが起きていて、
いろんな停滞が生まれているんだと思います。
これって日本が国家的コミュニケーション不全に陥っているってことではないでしょうか?

話がそれましたが、来週25日に保護者セミナーがあります。
こんなような話を事例を交えて1時間半お話しますので、
よろしければ、こちらから詳細をご確認いただき、ご参加下さい。

こちらも併せてお読みいただけると嬉しいです。
見えないことで膨れあがる不安に対して、
支援機関を可視化することで安心が生まれる「保護者のためのはじめの一歩セミナー」

若者支援業界や就職支援業界はなぜ女性ばかりか。

とある出席した若者支援関係の会議で感じたことです。
15名ほどの出席者のうち行政、オブザーバーの団体理事の方を除くと女性12名で男性は僕1名。

なんとも不健康な男女比ですよね(汗)。
ポイントは、皆さん理事長とかではなく現場に近い方たちということ。
ちなみに行政の委員会など立場のある方々の集まりになると、
感覚値ですが6:4ぐらいで男性が多くなるような気がします。
(飲み屋での集合写真をアップする団体を代表する立場の方々の写真もこんな男女比?w)

これは、残念ながら私たちの就労支援業界が、
一般的に家計を支えれるほど稼げないので、
働き盛りの男性がこの業界には入りづらく少ないからです。

ちなみに男性はお金がなくてもなんとかしちゃう20代の若い方か、
経済的な心配がない60代のシニア層が多いですね。

以下は、僕のFacebookに入った女性の支援仲間からのコメントです。

就・転職支援する側が多くの場合、非正規雇用というこの矛盾。
そして、こんな雇用条件でも働ける多くの人材は女性というこの現実。
この業界全般の低賃金×女性の低賃金で、
就・転職の支援現場はかろうじて成立しているということだと思います。
まさに日本の歪みそのものですよね。


よく、現場支援者が自嘲を込めて言う
「ワーキングプアがニートを支援している」という状態です。

この状態は、僕がこの業界に関わって約15年、ほぼ変わっていません。
残念ながら立ち消えになってしまった、
湯浅誠さんが提唱した「パーソナル・サポートサービス」構想にはここをぶっ壊し、
支援者たちにステータスを!ということが入っていて、
僕が真っ先に共感したのはそこでした。

僕らの自立支援という仕事は、何らかの事情で成長の機会を逸してきた若者たちに、
擬似的な社会を提供し、成長の機会を提供する仕事です。

少なくとも僕のはそう思っています。
だから、僕らは「相談屋」ではなく「支援者」なんです。
相談室に入っていてもこのアイデンティティを失ってはいけないと思います。

擬似的社会の提供というサービスが、社会の構成員のバランスとかけ離れて、
女性だけでは疑似社会ではなくただの支援施設だと思うんです。
ここは表現が難しいのですが、若者のニーズは病院的、行政的な「施設」じゃないと思うんです。
もっと血の通った「コミュニティ(社会)」への所属感と承認です。
それにはやはり構成員の男女比、世代層などのバランスは重要なポイントです。

そして現場の支援者側からこの偏った男女比を見た場合にも問題が出ます。
僕は現場で誰かにヘルプを求めるときは「専門性」か「異性」です。
「専門性」は「次回までに調べておくね〜!」とかで取り繕えるんですよw(汗)
でも「異性」がいなかったら僕はキツイですね。
当然のことながら男と女の視点は違いますし、経験も当然違うわけですから。

まとめさせてもらうと、
僕は稼げなくてもいいと思うんです(稼げれば稼ぎたいですが)。
しかし真っ当な対価の得られる業界にし、
30代〜50代の働き盛りの男性が頑張った分の対価を得られ、
家計を支えていけるようにならなくては、この業界の発展はないなあと思います。


そしてこれは、改めて僕の活動のミッションにしていきたいと思います。

ミドル層の大学生がキャリア支援センターに行かない理由

大学2

大学のキャリア支援センターには知り合いや仲間が多くはないけどいます。
僕のお仲間の方々は、皆さん大抵学生たちの未来について心配をしてて、
自分がもっと学生にしっかり機能するための自己研鑽を欠かさないような人たちです。

そんな方々とお話している、こんなイメージが膨らんできます。

大学のキャリア支援センターはストライカー揃い。
しかし、そこにパスを出す選手が大学にはいない。

要するにキャリア支援センターには腕のいいカウンセラーがいて、
パス(学生)さえつながればゴール(就職)決定率も高そうなんだけど、
センタリングを上げたり、パスを出すボランチのような大学教職員がいないので、
センター職員はゴール前でどんなに手を上げてアピールしても、
ボールが飛んで(学生がやって)来ない…。

まあ、実際は随分忙しそうなので、別に暇ではないんでしょうが、
本当に支援が必要なミドル層の学生がキャリア支援センターに現れずに、
手をこまねいている状態がずっと昔から続いていると思います。

そんなキャリア支援センター職員は「来てさえくれれば…」と言います。
一方、僕の講義を受けた某大学生は感想シートにこんなことを書いています。

大学の教職員も教授と生徒という事務的な関係でしかない。
相談窓口等も自ら足を運ばないといけない事が多いので、
逆に向こうから声を掛けてくれる様なシステムがあると良いと思う。


この「来てさえくれれば」というキャリア支援センター側のもどかしさと、
「逆に向こうから声を掛けてくれる様なシステムがあると良い」という待ちの学生。
ここに強烈なお見合い関係が成立しています。

キャリア支援センターにボールが飛んで来ないわけです。
これを読んでいる一定数の方は、
この大学生に「甘てんじゃんえよ!」苛立ちを感じるでしょう。
そしてある一定数の方は、
キャリア支援センターに対して「オマエから行けよ!」と苛立っていることでしょう。

でも、学生にもキャリア支援センターにも行けない事情があるのでしょう。
今回は、学生側の行けない理由を考えてみたいと思います。

なぜ学生はキャリア支援センターに行かないのでしょうか?

学生の将来に対する“漠然とした不安”を、
噛み砕くことのできない大きなかたまりだと考えてみましょう。
仮に食べ物に例えれば、このままでは喉を通らないどころか口に入らない大きさです。

学生はそれを自分では小さく噛み砕く術を知らず、
誰かが手伝ってあげないと、食べることはできない。

コーチングではこの大きなかたまりをチャンクといい、
このかたまりを小さく噛み砕くをことをチャンク・ダウンといいいます。

例えば、急に聞かれても答え難い大きな質問「君が成し遂げたいことって何?」や、
答え難い大きな相談「どうしたら夢は見つかりますか?」などは、
質問や相談が大き過ぎて、普通は答えようがありませんよね?

チャンクダウンは、これらを答えられる(飲み込める)大きさに噛み砕くということです。
そして大学には”漠然とした不安”を噛み砕く仕組みが、
ハードにもソフトにもないのではないでしょうか?

一方、キャリア支援センターは「就活」「仕事」「キャリア」が専門。
専門というのはよろず相談のような間口の広い相談の逆で、間口が狭くなるということです。
ある程度噛み砕かれ小さくなったかたまりにしか対応できないわけです。
(少なくとも学生はそう思っている)

一言で言うと、
学生のドデカイ“漠然とした不安”は、
キャリア支援センターの狭いドアを通過できない
ということです。

ハローワークもまったく一緒で、やりたい仕事が明確にならないと機能しない。
つまり、①このままじゃいけない→②働かなきゃ→③ドライバーの仕事がしたい
という気持ちの変化で言えば③の人が行かないとなんの意味をなさない場所がハロワです。

キャリア支援センターも同じなのではないでしょうか?
①このままじゃいけないに付き合ってくれる大人が大学の中にいないのです。

僕はこの解決策を、
弊社の大学生及び大卒無業者へのアンケート調査『QOUL|大学生の生活満足度調査』で、
大学生の89%が相談相手を友人と答えていることから(大学教職員は僅か5%)、
友人のような距離感で語り合いながらの噛み砕きの手伝いをする、
非窓口職員の設置だと考え「交流型アウトリーチ相談」と呼んでいます。

次回は、キャリア支援センターのアウトリーチできない理由と、
「交流型アウトリーチ相談」について書いてみたいと思います。

参考:視点を変えて問題を解決する。チャンク・ダウンとチャンク・アップ | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

医療ソーシャルワーカーをご存知ですか?

Facebookで以下のように結ばれた、精神薬の起源までさかのぼる投稿を読んだ。
全文読みたい方はこちらへどうぞ。

精神科治療の臨床現場においては、しばしば「名前が違えば別の薬」として、起源を同じくする同効薬の複数処方が当たり前のように行われているからです。同じ起源を持つ薬は、その薬理作用も引き継いでいるのですから、その併用は過量投薬になる危険性が高いのです。

これって医療素人には注意のしようがないよなあ、と思いました。
読みながら薬の名前に翻弄され、
興味がなければ思考停止する方もいるでしょう。

薬にしろドクターにしろ、
いわゆる3分診療とか、数年間同じ処方で症状に改善がない方など、
僕は上手に精神医療を受診されている方とあまり出会ったことがありません。

精神医療に限らずだとは思いますが、
客観的にご自分のことが把握しづらい状態の上に、
対人不安が強く上手に気持ちを伝えられない方が多い精神医療受診者の方は、
本人と薬、本人とドクターの間を取り持つ専門的なコーディネーターが必要だと思います。

精神医療に特化した存在というわけではありませんが、
その役割を担うのが医療ソーシャルワーカー(MSW:Medical Social Worker)だと思います。
(このような機能をサポステ等の若年者就労支援機関の臨床心理士が担っているケースは多い)

恥ずかしながら僕がMSWの存在を知ったのは先月です。

医療ソーシャルワーカーは区役所の福祉課のようなところにも、
大きな病院にも(たまに)いるようですが、僕は残念ながら知りませんでした。
教えてくれたのは、相談者のことで電話した発達障害者支援センターの方でした。

書きながら、どれぐらい認知されているのかウィキペディアで調べてみたら、
全国に1万1千人ほどしかおらず、100床に0.5人、診療所1件当たり0人という割合である。
とのことで人材不足が目下の課題とのことですが、
なんだこのとりあえず感は?
とりあえず業界のお付き合いでMSWを一人入れておこうか的なニオイ…(深読みか)。

診療所1件当たり0人ということで、心療内科にはまずいないんですね。
これじゃあ、出会いようがないです。しかも、
養成環境が整っていないため、
人材の力量にかなりのばらつきが出ているということである。

う〜ん、ちょっとがっかりな情報でした。

精神医療や精神薬に対する不信感や不安感、
都市伝説的な副作用への思い込みなど、とてもお付き合いが難しい医療機関ですので、
セカンドオピニオンのような病院外の専門家ではなく(経済的負担も大きい)、
医療ソーシャルワーカーのような形で病院内でコーディネートしてくれる支援は、
精神医療にはとても必要な人材だと感じています。

そして、僕たちのような切っても切れない自立支援機関にとっては、
連携の窓口にもなってもらえるでしょう。

でも、それは夢のまた夢。
どうやらネックはここのようです(ウィキペディア)。

現状では、医療保険上の診療報酬扱いにならないため、人件費の補償がなく、
意識の高い機関にしか雇用がない。


今朝、たまたた聴いていたJ-Waveの待機児童問題の特集で、
パーソナリティの方がラスト数十秒で、
「どうしたら解決できますか?」という大味な質問をしました(汗)
これに対し専門家の方も大味に「お金」ですと返していましたw。

ここでもまた「お金」かあ、とため息…。
福祉とお金の問題は非常にディープですね、
しっかり勉強したい領域です。

最後に素朴な疑問。
MSWの仕事って、ドクターがちゃんと仕事をすると要らないのかも、
ということはないでしょうか?

参考記事<AllAbout>
現職が語る医療ソーシャルワーカーの仕事
これを読むと、MSWがいても正しく機能すことは難しそうですね。

見えないことで膨れあがる不安に対して、支援機関を可視化することで安心が生まれる「保護者のためのはじめの一歩セミナー」

僕がこの仕事を始めた頃、僕は31歳で、どちらかというと若者に近い年齢でした。
たまに自分よりも年上の方なんかもいて、戸惑ったりしていました。

あれから10年以上が経ち、僕はどちらかというと保護者の皆さんに近い年齢になりました。
高校に行ったりすると、彼らの両親が僕よりも年下だたりして戸惑うこともしばしば…。

僕の息子も高校1年生で、支援対象の年齢層に食い込んで来ました。

当時この仕事を始めた頃は、正直、保護者を責めている自分がいました。
「親を責めても親は変われない。変われるのは子どもだけ。だから親を責めるな」
と、前職の理事長はそんな僕にこう言いました。

僕はこの言葉(教え)をもらって以来、
基本的には保護者バッシング的な発言は控えているつもりだし、
年齢が保護者よりになるにつれ、責める気持ちはとても薄れたというか、
今はほとんどありません。

むしろ、より保護者の方々のお役に立ちたい、
そんな気持ちが強くなっている自分に気付きました。
そして「保護者だって変われるのではないか」と思うようになりました。

そしてはじめたのが「保護者のためのはじめの一歩セミナー」です。

僕らシェアするココロが保護者の皆さんに提供するものは、
特定の支援機関の紹介ではなく、もっとフラットに俯瞰した支援機関の情報です。
これは、保護者の皆さんに、
若年者就労支援業界のリテラシー(読み解き能力)を上げてもらうことが目的です。

見えないことで膨れあがる不安に対して、支援機関を可視化することで安心が生まれます。

そして保護者の皆さんが若者だった頃とは大きく時代が変わっていますので、
イマドキの若者事情もお伝えしています。
また、「こもる心理」や「動き出せない心理」みたいな、
モノを言わない子どもの代弁をしながら、
自分の子どものことを深く考えられるお手伝いをしたいと思っています。

例えば僕。

もしも、うちの息子が困難な状況に陥ったら…、この辺だったらあそこのNPO法人かな。
いやあ、でもあそこの学習室の雰囲気の方が、うちの子には合いそうだぞ。
いやいや、まだ親の介入は早いな、もうちょい待ってみよう。

我が子だとこんなに落ち着いては考えられないかもしれませんが、
いくつかの選択肢を持ち、可視化されているとクリアに考えることができるわけです。
これは、僕が支援機関及び業界のリテラシーが高いからです。

子どもが困難な状況に陥るというのは、
本人だけではなく、否応もなく保護者もその困難な状況に入るわけです。
子どもたちは自暴自棄に思考を停止してしまいがちですし、
そのことで自分自身を守っているのかもしれません。

その分、保護者が自分の子どもが置かれている状況を客観的に考え、
使用可能な社会資源にどのようなものがあるのかを知る。
実はこれが、困難な状況を抜け出すために必要な「はじめの一歩」なんです。

是非、ご参加をご検討ください。
また、内容的には若年者就労支援機関で働き始めた方や、知りたい方、
学校等教育機関の方々にとっても有益な情報だと思いますのでお勧めです。


【日 時】※2部構成となっておりますが、いずれか1回のみの参加も可能です

【第一部】4月11日(木)13:00~14:30

1.子ども理解

保護者がお子さまの抱えている困難な状況を正しく把握する。

2.支援機関分析

支援機関ごとの特徴・支援スタイルの違いを知り、お子さまに合った支援の選び方を知る。

【第二部】4月25日(木)13:00~14:30

1.若者社会事情

若者を取り巻く社会の動きを正しく知る。

2.行動計画

お子さまへの正しい情報提供方法から、支援機関利用までの準備を開始する。

【場 所】

さくらWORKS <関内>

「4月1日から社会的所属を失ってしまった方へ」

4月1日という新年度の開始のこの日。

学校という所属を失った若者たちが大勢、
宙ぶらりんな気持ちでいるのではないだろうか?

ある人は解放感に浸り、自由を感じているかもしれない。

しかし、多くの若者は「さて、これからどうしたものか…。」と、
不安の中、じんわりと腰を降ろしているのではないだろうか?

引きこもりやニート状態の若者と多く出会い、
就労支援を行ってきた僕の経験から、
今日は僕なりの“こうしたらいいのでは?”を書いてみたいと思う。

まず、はじめに言っておきたいことは、
所属を失うということは、単純に失業ではない、ということ。
所属というものは、案外いろいろなカタチであるんだよね。

ただそれは、外国のように教会だったり、人種のコミュニティだったりしないから、
海外よりは選択肢が少ないのがこの日本の特徴だと思う。

僕が言いたいことは、
カタチの差こそあれ、「所属を持っていた人」と「所属を失った人」では、
その後の社会復帰を目指す際に、大きな違いが出るってこと。

この大きな違いとはなにか?

それは、いわゆる「ソーシャル・スキル」というもの。

僕なりにそれが何かということを書いておくと、
こう来たらこう返すっていう、いわゆる「あうんの呼吸」のこと。

これがわからなかったり、できないとけっこう浮く。
「えっ!?なんで?」っていう違和感の積み重ねはダメージがでかい。
このダメージで、対人恐怖症になったりする人もいる。

支援施設で仕事をしていると、あることに気付く。

それは無業期間とソーシャル・スキルの低下は、
必ずしも相関関係にあるわけではない、ということ。

無業期間が長くても、たまにケロッとというか、
ひょこっと「どうも〜」という感じで相談に来る人がいる。

相談員としては、
「この人、何が問題なんだろう?」と思う。

でも話を聞くと、卒業後3年間何もしてなくて、
このままじゃヤバいと思うけど、どうしていいかわからないという。

支援者的には、「さくっとどうにかなるじゃん」と思いつつ、
さらに話を聞くと、その人はボクシングのジムだったり、
草野球やフットサル、マラソンなんかのチームだったり、
仕事ではないけど所属を持って、他者との交流を持ってたりする。

(女性とこういうケースで話したことが、あまりないけど女子なら習いごとかな?)

さらに聞くと、「この間、スニーカーをもらっちゃって」とか、
けっこう可愛がられれてたりする。

ああ、こういうことなんだなあ、と僕は思ってる。

仕事をしてなくても所属を失わなわなければ、いつかなんとかなる。

てことで、僕からのアドバイスは、
所属を持った異世代の大人たちが集まる上記したようなスポーツのサークルや、
文化的なサークルに所属すること。
そうすると、ソーシャルスキルが落ちることがない。

ソーシャル・スキルが落ちなければなんとでもなる!

異世代っていうのは年上ってことなんだけど、
組織の中で決定権者だったり、融通を利かせられたりする立場に出会うってこと。
そんな中で「うち来る?」的な、クローズドな求人で仕事が決まることもある。
※ハローワークに出てない仕事は実はいっぱいあるんだぜ!

実はここが大事。

所属を失うと、ハローワークなどのオープン求人でしか勝負できない。
所属を持っていると、縁故的なクローズドな求人で、ありのままの自分で勝負ができる機会が生まれる。


だから、何か体力を落とさないためとか、知的好奇心を満たせたいとか、
遊びのためとかっていう軽い気持ちでもいい、
身近でサークル的なものに入ることを僕はオススメしたいと思う。



このブログは、NPO法人育て上げネットの工藤理事長が同名のブログ記事に対するアンサーソングのようなものです。

工藤氏には工藤氏なりのアドバイスがあり,僕には僕なりのアドバイスがある。
同じように、いろいろな大人からいろいろなアドバイスがきっとある。
いろんなアドバイスを読みながら、ひとつでも納得感のあるものを見つけ、
実践する若者がいたらいいなあ、ということで書かせてもらっている。

例えば僕のFBにはこんな書き込みがあった。

森林ボランティアなんかも良いですよ。世代の幅が10代~80代まで広いし、スポーツほどストイックにならないので、気軽に参加できると思います。



こんなアドバイスがたくさん集まれば、
なんらかのアーカイブスになるのではないだろうかと思い書かせてもらった。

何かのお役に立てれば幸いだ。
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