2013年01月

支援者側は、学校連携が目的化していないだろうか?

内閣府の
「困難を有する子ども・若者の相談業務に携わる民間団体職員研修」の講師を務めた。

全国の“そういう仕事”をされている皆さん100人が、
代々木オリンピックセンターで、
四泊五日のお泊まり研修をしている。

凄いなあ。

まず、そういう研修にスタッフを送り出してる、
学ぶ姿勢の真摯さが凄い。
現場のスタッフが、一週間現場を離れることの大変さは、
前のNPO時代にシフト作成を何年もしてきたので、
大変さが身に染みてわかるのだ。

そして、主催者である内閣府の皆さんが、
ここを軸にユースワーカーが手を取り合い、
生きた結び付きを果たすことで、
この国を支える担い手を育成しようという気構えが、
しっかりあることが凄い。

四泊五日には、そういう熱い思いがある。
敬意を表したい。リスペクト!

多くの方が、
講義の合間を縫って名刺交換をしに来てくれた。

口々におっしゃってたことは、
学校連携を進めたい」ということ。


皆さん、僕と同じ課題認識を持ってて、
早期支援の重要性を現場の皮膚感覚で察知し、
今まさに動こうとしている。

しかし「どうすればいいのかわからない」という。

そうそう。
高校というのは誰もが通っていたはずなのに、
ビジネス目線に立つと、何故か謎が多く、
手のつけどころが見当たらない。

しかし、「どう入り込むか」という、突破することだけを考えてて、
突破後に何をしたいかということを、語る人は少ない。

支援者側は、学校連携が目的化していないだろうか?

まあ、そうなるような予算措置であることも否めない。
一部、しかたなしの義務化がされていないか心配だ。

学校連携により、
どのようなソリューションを起こそうとしているのか。

しかしそのソリューションを起こすにたる策と、人材はいるのか?

学校に入り込むのは、
生徒と出会うための手段であり、
どう、その出会いをデザインし、
どう解決への導線に乗せるのか、
その道標を、支援者たちは学校側に示せていない、
或いは示していないのではないか?

まあそれは、学校がブラックボックス的なため、
条件設定やプランが立てられない、ということもわかるのだが。

昨日、参加者の多くが、ありがたいことにこんなことを言ってくれた。

まさに自分たちがしたいと思っていたことは、
しなければならないことはバイターンであり田奈Passだと思った
」と。

僕もわからずにはじめたんだぜ。

わからないこそ、
既成概念から外れた自由なアイデアが浮かぶ。

支援者はパッション馬鹿になってほしい。
学校には情熱クレバーな先生がいるはずだ。
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人を呼ぶプロジェクト「バイターン」

午前中、横浜市さんからご依頼されていた、
コミュニティ経済に及ぼすバイターンの可能性という、
原稿の修正箇所の確認をしていた。

午後は新宿のカフェで、
NPO法人ETICさんから、
バイターンの話を中心に、
どうしたらそういう奇特なことをする起業家が生まれるのか、
という趣旨のヒアリングを受けたw。

いやあ、ぶっちゃけどうしたらこういう人が生まれるんでしょ?

という感じなのだが、
とりあえず、ありのままをお話した。

ヒストリーを語り、それをふむふむと言って聴いてもらえるのは、
自己肯定感にポジティブな作用を及ぼすので好きだ。
確か、そんなワークショップも存在したと思う。

どうやら、起業家に共通する点は、
一定のビジネススキルを持った、
外部人材が、そのスキルを異ジャンルで発揮することで起きるケースが多いらしい、
という漠然とした手応えを担当者の方は感じているようで、
僕もその例に漏れないと。

ふむふむ。

僕は、それよりもバイターンというスキームに対する好評価、
というより絶賛していただけたことが何より嬉しくて。

こうして話しながら、徐々に手応えをを自信に変え
、確信に満ちていく、そういう積み重ねが、僕は好きだ。

なんでも人に話さなければリアリティを持てない質なのである。

夜は、大阪で活動する、
まだ立ち上がって間もない、NPO法人D×Pの今井共同代表と飲み。

D×Pは、私立の通信制高校を中心に、
支援をしているとのこと。
シェアするココロと同じく、
外側から学校教育に貢献しようと、
様々アプローチを試みている。

そんな今井さんが、通信制高校の、
特にヤンチャ系の生徒にバイターンがあれば、
という思いでFacebookからアプローチしてくれて、
では、会いましょうとなった。

面白いプロジェクトが、いろいろな人を惹きつけ、集まってくる。
みんなが、そこで知恵や勇気を授けてくれる。
或いはネットワークをシェアして
、別の人、別のプロジェクトに繋がる。

こういうビジネスの発展の仕方が好きである。

今考えている次年度のビジョンにも、
ETICの担当者さん、D×Pさんから熱い共感をいただいた。
それができると、
ほんと「シェアするココロ」名前に偽りなしとなる予定。

乞うご期待。

守破離 〜「守」のない世界に、 ブレイクスルーである「破」は訪れないのではないか?〜

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落語家林家小さんが、
落語を極めるために必要なことを語る中で、
守破離(しゅはり)という言葉を知った。

師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。(Wikipedia)


僕はギター弾きなので、基礎の大事さを痛感している。
基礎を飛び越えてアドリブなんてできないし、
基礎がプレイヤーに自由度を与えてくれる。
即ち、理論を「守」ったことで、
自分自身の殻を「破」ることができるのが音楽なのだ。

伝統的なジャズができない奴に、
きっとフリージャズはできないと思う。
フリーというのは伝統からの飛翔なのだ。

守破離の考え方は、どんなジャンルにも対応可能な
日本の伝統的な発想法ではないだろうか。

まったく偶然なんだけど、
Facebookで志村けんのこんな名言を読んだ。

非常識なことをするためには、まず常識を知らなきゃいけないんだよ。お笑いみたいなものでも、常識を知らないと本当のツボというものがわからない。常識は基本線で、お笑いはその常識をひっくり返すところで、コントとして成り立っている。だから笑えるワケよ。お笑いに限らず、常識をバカにする奴に、常識を超えたことは絶対にできない


この言葉も守破離の精神に満ち溢れているなと思った。
「守」という常識ががわかってなきゃ、
常識を「破」る非常識なことはできないんだよ、
と、志村けんは、言っている。

翻り、職人的な働き方から遠ざかり、
この間まで最先端だったものが、
技術革新により一気に使いものにならなくなるような、
伝統的なスキルというものがなくなっている現代社会で、
僕らは師匠の型という「守」と言えるものを、
教えこまれているのだろうか?

僕はいない気がする。

昨日の社内会議でも、
ナレッジ・マネージメントは大きな課題となった。
ブランドというのは伝統だ。
「守」ができずにブランディングなんてあり得ないのではないか。

そんなことを考えながら、
そして、もっと大きな課題に僕はぶち当たった。

「守」のない世界に、
ブレイクスルーである「破」は訪れないのではないか?

僕自身、半信半疑で疑いながら書いているんだけど、
小さん師匠、けん師匠の話の説得力に、
僕は守破離の大切さと、
それを現代ビジネスにどう持ち込むのかということを、
真剣に考えたいなと思った。

最後に思い出したけど、
湯浅さんの『ヒーローを待っていても世界は変わらない』は、
民主主義を徹底的に語り、型にはめ込んでいいく「守」をすることで、
この閉塞した社会を「破」ろうとした、
守破離的な試みだったのではないだろうか?

いつかお会いする機会があれば聞いてみよう。

貧弱なアイデアの見極め方

ついーと

「速やかに貧弱なアイデアを捨てる」ことが出来ない人がいるんだな。

今朝、@kotler_bot のツイートを見て思った。

僕は、しょっちゅう新しいアイデアを思いついては、
社員たちを捕まえて話している。

いや、本当は「話していた」。
が、正しい。

悲しい話だが、
迷惑だと言われ、自粛しているのだ…(泣)

僕は我慢出来ずに、
「あのね」と言って、誰彼となくすぐに喋りだす。

(相手の聴いてくれ方にもすごく影響されるけど)
喋りだすと、思ったより気持ちに熱が帯びず、
言葉が見つからない時がある。

あれ?

こんなスカスカなアイデアだったのかな?

自分の描いたポンチ絵なんかを見ながら、
「スパークするあの感じがないぞ」
と思うのだ。

相手の態度ではなく、
自分が魂を込めて語れたかにある。

それが、貧弱なアイデアの見極め方、スクリーニングだ。

そんなアイデアはさっさと捨ててしまおう。

捨てたって、いいアイデアなら頭の何処かに必ず残る。
(本当にに捨てなくてもいい。僕は『アイデア墓場』というフォルダを作ってそこにぶち込んでいる。しかし、2度と開くことはない)

そんな無意識のストックとなったアイデアたちが、
いつか新しいアイデアと思わぬところで関連付られ、
イノベーションとして生まれ変わることになるだろう。

だから、新しいアイデアを考えるスペースを作るためにも、
貧弱なアイデアは捨ててしまおう。

いいアイデアっていうのは、
話しながら新しいアイデアの尾ひれがつくものだ。

僕はそれをスパークと呼んでいる。

本当にいいアイデアは、話すたびに尾ひれがついて、
一人で勝手に泳ぎだす。

そして、捨ててしまったアイデアたちが、
スパークの種火となり、火薬となるのだ。

最後に、
人のアイデアをどう聴くかについて、
僕の周りの人たちへの注意も兼ねて、
書いてみたいと思う。

アイデアっていうのは、
チームで一緒に育てる子どもみたいなものだ。

あなたの聴き方次第で、
そのアイデアは世界を変えるイノベーションに変わる可能性もあるし、
貧弱なアイデアとして、捨てられるかもしれない。

もしも、“言い出しっぺ”である仲間が、
「あのね」と、アイデアを話し始めたら、
あなたは、傾聴スキルを発揮しなが、
“有能な言い換えっぺ”になってあげてほしい。

「あら素敵、それってこういうこと?」

「パチッ!」

それれだけでいい。
それだけでスパークは起こるから。

では、頼んだよw。

サポステ支援者の質は向上するのか?

新政権が若者の雇用対策強化を打ち出したことを受けた方針で、厚生労働省は今年度の補正予算案に関連の600億円を盛り込み、現在116箇所ある、地域若者サポートステーションを160か所に増やす方針を決めた。

「サポステ」4割増…学校と連携しニート支援:YOMIURI ONLINE(読売新聞)

いろいろな人がこのニュースを受け、
「支援者の質を上げることも重要」だと言っている。

僕もそう思う。
では、今の支援者の質は本当に低いのだろうか?
実は、支援者の質は向上しているんじゃないのかと思ったりもする。
ベテランたちにこの質問をすると、
「質は向上していない」という人が残念ながら多い。
(質ってなんだという議論は大事なんだけどひとまず置いておく)

サポステ一箇所5名の支援者が配置されていたとして、
(※もっと多いところともっと少ないところがある)
116箇所×5人ということは、毎日580人の支援者が、
困難を抱えた若者たちに出会っているわけだ。

これはすごいことだと思う。

さらに、厚労省発表の地域若者サポートステーション事業の実績を見てみると、
23年度の延べ来所者数は、454,675人となっている。

単純な試算だけど、これを580人の支援者で対応すると、
支援者1名が年間平均783人と出会ってることになる。

2006年7月の事業開始後、徐々に数を増やしてきたわけだが、
これは、ものすごいOJTが行われてきたといえる。
これだけの対応実績があれば、どんなに腕の悪い支援者だって、
「4月に来たときはどうなるかと思ったけど、随分支援者らしい顔になってきたなあ」
なんてことになっていると、同業者としては思うのである。

それでも支援者の質は上がらないのか?

みんなが言ってるように、質が上がっていないとした場合、
どうしてサポステ支援者の質は上がらないのだろうか。

契約社員という雇用形態のせい?
給料の安さのせい?

これは2004年頃の委託事業が開始する前のNPO法人の方が、
雇用形態は曖昧だったし、給料はもっと安かったので、
良質な人材確保が難しいとしても、本質的な理由ではないのではないだろうか。

それよりも、サポステという事業フォーマットでは支援者は育ちにくい
のではないか、ということは考えられないだろうか。

サポステのフォーマットというのは、
大抵の時間は、マンツーマンのテーブル越しの対面支援、
60分ワンセッションで、次々に若者が入れ替わるような。

つまりこれは、
キャリア・カウンセラーによるキャリア・カウンセリングであり、
スタッフはキャリア・カウンセラーの資格取得者となっている。
サポステは、厚労省が認定しているキャリア・カウンセラーの、
雇用創出に大きく貢献している受け皿事業でもあるのだ。

ちょっと乱暴な言い方をすると、
彼らはそもそもが支援者ではない人たちなのだ。

あぁ、正直、面倒くさい話しの流れになってしまったと後悔している…。

一旦、支援者とキャリア・カウンセラーを僕の中で提議してみよう。

支援者:目の前の相談者の”人生"そのものを背負い込んで支援をする人たち。ゴールはその方の自立であるものの、それは就職だけに限定されたものではない。課題介入型の支援を行い、強烈な関係性を取っ掛かりに支援を開始することが多い。共に何かをすることで関係性を深めいていくことが得意。

キャリア・カウンセラー:目の前の相談者の”仕事”にまつわる悩みを解決する手助けをする人。傾聴型の支援であり、解決するのは相談者であり、答えは相談者の心の中にあることを前提とされるため、介入はせず、依存関係に陥らないように常に注意が払われている。テーブル越しの対面支援が主である。

同業諸兄の皆さまがた、どうだろうか?
異論反論はありそうだけど、僕はそう思っている。
ちなみに僕のアイデンティティは、
キャリア・カウンセリングの勉強を熱心にした支援者である。

振り返って、みんなの言ってる「支援者の質を上げることも重要」とは、
キャリア・カウンセラーの支援者化ということなんじゃないだろうか?

実際、僕が信頼しているキャリア・カウンセラーたちは、みな支援者然としている。

実際、傾聴して主訴を導き出し、自己理解を深める手伝いをし、
アセスメントツールにより適職診断し、エントリーシートの添削、
面接の練習をしただけで結果が出るような生易しいケースは少ない。

しかし、「支援者とは」で書いたようなことをしているような、
悠長な予算のつき方はしていないし、
そもそもが、そのようなトレーニングされた人たちではないのだ。

また、受託団体で自主事業を持っていないNPO法人の場合、
そのトレーニングの場さえ持っていないし、
必ずしも、自主事業の場で獲得したスキルがポータブルではないことも多い。

サポステ同士を競争関係に置き、
成果の求め方は、年々厳しさを増していると聞いている。
そしてこのニュースの大盤振る舞いな予算措置。
そして更に強まるであろう成果指標と評価。

どんどんハローワーク化していくのだとしたら、
支援者の質の向上はやはり望めないのではないだろうか?

結論をいうならば、
サポステに働く者と、そこに集まる若者との間に、
大きなミスマッチがあるのではないだろうか?

誤解のないように言っておくと、
キャリア・カウンセラーがダメだといっているのではない、
そういう人ばかりがいたのでは、多様なニーズを持つ若者たちに、
機能しにくいのではないかということだ。

予算が拡大するのなら、多様な人材を雇用できるような設計にも
変えるべきだと思う。

「僕の知らない僕」というのは、 未知の可能性を秘めたSoul Frontier

拝島の焼き鳥屋「おおしば」で、
大好きな人と地元飲み。

自分の過去から今までを、
しっかり見守って来てくれてて、
“僕の知らない僕”のことも見てくれてる人。

いい年こいたって
「なんでだろうね?」と説明の付かない
自分の気持ちっていうのは誰にでもあって。

それはこういうことじゃないの?
と、語り合うというよりも、
探り合うとか、
引き出し合うとか、導き合うような、
そんな魂のコミュニケーション。

僕はそういうことが好き。

自分とまったく正反対のタイプの友だちは、
そこで出てくる意見が新鮮でいい。

「僕の知らない僕」というのは、
ジョハリの窓的にはBlind Self(閉じた窓)の解放である。
お互いがお互いの閉じた窓の鍵を持っているような、
そんな関係こそが、人生の財産じゃないだろうか。

「自分は気がついていないものの、他人からは見られている自己」
自己理解とはこの領域に首を突っ込むところにある。

「僕の知らない僕」というのは、
「ひょっとしたら凄いことをしでかすかもしれない僕」として、
未知の可能性を秘めた希望である。

Soul Frontier(ソウル・フロンティア)=未開拓の魂を掘り起こし、
「僕の知らない僕」を発見し、手に入れる。
それはひょっとしたら、資格取得を目指すよりも、
近道なステップアップをもたらすかもしれない。

しかしいつも痛飲しすぎて、
せっかく掘り起こした「僕の知らない僕」は、
また土の中に返され、思い出せない。

だからまた会う。
この繰り返し。
Soul Frontier は永遠に未開拓なのかもしれない。

NPO法人文化学習共同ネットワークの藤井さん@ユースワーカー研究会

藤井さん

ユースワーカー研究会(YWKEN)のゲストは、
NPO法人文化学習共同ネットワークの藤井さんだった。

藤井さんには、僕らYWKENが導き出した、
ユースワーカーに必要な5つの力」である、
センス、スキル、マインド、ミッション、社会性について、
多少の混乱をしつつも、熱く、自分自身に問うように話してくれた。

実はこのブログにメモ書きとして書き込みながら、
研究会終了時点でアップしようと企んでたのに、
ネット環境の不調により、その書き込みは全部消えてしまった。

でも、なんかそれでよかったような気がしている。

思い出の写真のデータがぶっ飛んでも、
この目に焼き付いた景色は忘れないぜ、みたいな。
そんなグッド・バイブレーションが僕の中に残った話だった。

だから、純粋に僕の中で感じ、
残ったことだけを書いてみたいと思う。
ただ、そんな記憶力がいい方ではないので、
とても抽象的なものになりそうだけど…。
※藤井さんの使っていたであろう言葉には、“ ”を入れておく。

藤井さんは、団体のミッションというのは、
”社会の変容に応じて変化し、洗練されていくもの”と言う。

そう、僕らは宗教じゃない。
普遍の教えを説くわけじゃないんだ。
ユースワーカーである“僕らも格好悪くて情けない大人の一人”として、
自分も、どう社会の一員として生きていくかをもがいている。

その“ダメな自分を引き受けていく” 姿を若者たちにも見せながら、
共に社会を創り上げていく仲間として若者たちと対峙し、
若者たちにも、自分自身を引き受けてもらわなければならない。

藤井さんはよく、「うち(文化学習協働ネットワーク)は時間がかかる」や、
「うちは時間をかけるから」ということを言うんだけど、
ここの逡巡にとことん付き合うことに、多くの時間とエネルギーをかけ、
スタッフ、若者ともに腹を括り、覚悟をしていく時間なんだとわかった。

その“もがきの中にこそ希望があり”
その「もがき」という営みを、
“自分たちの社会を作る同じ構成員として若者を受け入れ、一緒にもがいていく”

そこにとことん付き合っていくのがユースワーカーの仕事であり、
僕らは、“希望を外から与えようとしてはいけない”

“ダメな自分をあきらめて(明らかにして)頑張るしかない”

藤井さんが引用して、参加者の共感と感銘を与えていたこの言葉。
僕はこの言葉をこんな風に解釈した。

「ダメな自分にしっかり向かい合い、自分が何者で、何がしたいのかを明らかにし、自分自身にもがき、希望探しを頑張るしかない。それは一人じゃ苦しくて、辛くてとてもできやしない。だから誰かが必要なんだ」


“だから僕らは社会というものを作る必要がある。
しかし、その社会を怖いと言っている若者たちがいる。”


ユースワーカーは、社会と個人の接点を作る仕事なんじゃないかと、
藤井さんから連発される難しい単語の中からw、
僕は改めてシンプル(単純)なことを思う。

そして、ユースワーカーは、
“若者の外側からルサンチマンや怨念を煽るようなやり方で、
若者をコントロールしようとしてはいけない”。


それは、若者と社会との接点を作ることではなく、
若者とユースワーカーとの接点を作ることでしかない。

若者たちと対峙しながらカタルシスを得ていた自分に、
20代だった藤井さんは、はたと気づく。

自分は何のためにこの仕事をしているんだ?

僕はこの自問が「マインド」を創りあげていくんだなと思ったし、
藤井さんはこの問いを未だに問い続けているんだと思った。
改めて、藤井さんを僕はリスペクトしている。

藤井さんと僕の付き合いは長くて、
前職のNPO法人時代から始まる。

まず確実に言えることは、
僕らはまったく別の法人格の「ミッション」の下で活動してきたということ。

目指すゴールが違ったのか、そんな変わらなかったのか。
NPO法人を辞めた今の僕にはどうでもいいことだが、
昔から変わらず、今の僕と、藤井さんは凄く相容れることができる。

藤井さんの話を聴いて確信したことは、
ユースワーカーは子どもや若者に育てられるということ。
僕らが相容れることができるのは、
子どもや若者を写し鏡として、純粋にユースワークを行い続けてきたからだと思う。

おわりに。

労働政策では、必ずしも若者を写し鏡にすることはできない。
そこには成果があり期限があり評価がある。

業界では、40代の僕と藤井さんはどうやら第2世代と言われているようだ。
若年者就労支援の分野では、
第2世代である僕らが、委託事業が始まる前の世界を知り、
純粋に、時には保護者も排除しながら、
若者だけを写し鏡にユースワークが出来た最後の世代なのかもしれない。

そこを見てきているが故の葛藤を僕らは背負い込んでいる。
第1世代のカリスマではない僕らの役割は何だろうか。
終電が近づき時間切れとなってしまったが、
改めてそんな議論をしてみたい。

社会を変える「新しいことをするための5つの力」

次年度の戦略を練るための、
経営会議だった。

設立時から変わらない
四人のメンバーで一人も欠けることなく、
よくここまでやってきたなあ、
なんてしみじみと、会議終了後に飲みに行った。

しみじみも束の間、
僕らは飲めば熱くなり、一触即発の議論がはじまる。
まあ、飲まなくても終始そんな調子なのがシェアコロなんだけど。

いつもデザイナーのコウジ君が仕切り役となる。

「それは過去の話し?未来の話し?過去の話なら却下!」

こんな具合だ。

新しいことをするってことは、
やっぱり、なかなか難しいなと思う。
それは、まだおぼろなひとつのゴールにみんなで向かうってことの難しさ。

そこで、以下に僕の思う、
社会を変える「新しいことをするための5つの力」を書いてみようと思う。

1.プレゼンテーション力
2.見通し力
3.チーム力とリーダーシップ
4.マネージメント力
5.シェア力


1.プレゼンテーション力。

まず、新しいことは、
説明するのがとても難しい。
新しいことを人に理解してもらうのは、
プレゼンテーション力をとても要する。
ただのプレゼンではなく、人を惹きつける魅力のある、
人生を費やすに値する事業であることを説明できなければダメだ。

しかし経験上、いいアイデアは説明に困らない。

バイターン
これはバイトとインターンシップを掛け合わせた就職希望の高校生のための就職支援。

これだけの説明で65%くらいの事業趣旨は理解してもらえる。

2.見通し力

新しいことは先を見通すのが難しい。
正確には、リーダーである自分が見通せてる世界を共有することが難しい。
そして現場は、ビジョンなんてものよりも、もっと実務的な見通しを必要としている。

「はじめてのことだから何が起こるかわからない」。
なんてことはないのだ。
ほぼすべてのアイデアは、
既存の経験の掛け合わせで生まれてくる。
だから、ほぼ想定可能なのだ。
この想定範囲でしかプレゼンテーションできないともいえる。

これを個人の経験値で心にとどめ、
全体共有化されていないと、
見通しが立っているとは現場は思えない。
この漠然とした不安がプロジェクトを停滞させストレスを生む。

これは、本当に難しい。
つよく反省したい。

3.チーム力とリーダーシップ

想定範囲=想像を超えるプロジェクトにするためには、
リーダーの想像を超えるチーム力、つまり個性の集まりであるチームから個人の個性を解放することが必要であり、
その個性を束ね、チームを牽引するリーダーシップが求められる。

チームが機能すると、
プロジェクトは命を吹き込まれ、
一人歩きをはじめる。

そこに、僕らの見たことのない新しい世界が広がり、
なんだ、そこにいたんだ、という奇跡が待ち構えている。

4.マネージメント力

この奇跡を奇跡で終わらせないために、
仕組みとしてルーティン化し、
定置させるのがこれまた難しい。
これがマネージメント力だ。

これができなければ、それはラボ=実験でしかない。
実験は手段であり目的ではない。
成功した実験を仕組み化しなければ、
それは手段の目的化に他ならず、
ビジネスとは言えないのだ。

5.シェア力

そして最後にシェアする力。
成功したプロジェクトを、
成功したチームがルーティン化したって、
それを享受できる人々には限界がある。
特に我々のような零細企業、或いはNPO法人のような小規模な団体では。

社会を変えるためには、
その成功を分け合わなければならない。
或いは自社や自団体を大きくしなければならない。
僕の考え方では、大きくするよりもシェアすればいいと思ってる(この考え方についてはまた今度)。

成功を分かち合い、様々な地域やセクションで利用されるということは、俯瞰してみれば、それがチーム力となる。
その時に、違うステージでのリーダーシップを発揮しなけれはならないだろう。

正直、そういう志で『シェアするココロ』と名乗っているが、
ここまではまだできていない。

次年度の、この領域に踏み込みたいと思う。

普通高校の新卒障害者雇用の極めておかしな現状

今年の仕事始めに参加した、
「発達障害の人のライフスキル支援」という東京都のシンポジウムで、
宇都宮大学の梅永雄二先生が、こんなことを言っていた。
以下うろ覚え(うる覚えじゃないのね)。

養護学校に進学したい、障害のある生徒たちが、
養護学校の倍率が高くて落ちてしまい、
しかたなく一般の高校に進学せざる得ない状況がある。


このとき一緒に参加していたイイトコサガシの冠地さんと、
懇親会で二次障害の罪深さについて話していた。

それは、「発達障害の人たちのイイトコが、二次障害で奪われてしまう」
という話だった。

僕が梅永先生の話を聴いた瞬間に心配になったことは、
養護学校に行けなかった障害のある子たちが、
普通校でイジメの対象になってしまい、
二次障害を発症してしまったら、
その後のキャリアに大きなダメージを負うだろうという心配だった。

そして今日、某特例子会社の人事の方と話をして、
以下の様なことを知り、梅永先生の情報と合わせ、
暗澹たる思いに、少し凹んでしまった。

・過去に高卒で手帳を取得した人をダイレクトで採用した経験はない。
・それは、企業が一から育てなければならず、退職のリスクが非常に高いから。
・支援機関を利用して実績を作り、プロの目でアセスメントされないと採用にはならない。

うん、それはそうだろうなと、
経営者的な感覚では非常に納得感の高い理屈だと思った。
同時に、支援者としての自分が「ちょちょ、ちょっと待ってよ!」と言っている。
しかしすぐに、経営者としての感覚が前に立ち、「そうですよね〜」と言っている…。
(是非、「…」等、行間をしっかり読んでいただきたい)

シンポジウムの話に戻そう。
「ライフスキル」ってなんだってこと。
僕はこれを広義の対人スキルと捉えている。(そんなものがあれば苦労しないよ!)
これと対象なのが、生きていく上であまり役立たないアカデミックスキル。

発達障害の方たちの多くが、
勉強=アカデミックスキルでは落ちこぼれない。
恐らく、普通校に行くことが余儀なくされ、受かった人たちは、
特にアカデミックスキルでは問題がないだろう(ここが盲点となる)。

しかし、学校ではライフスキルで致命傷になる可能性が高い。
それがイジメにつながり、二次障害という流れが一番心配なのだ。

そして今日聞いた話を重ね合わせると、
普通校では専門職のアセスメントができないということで、
高卒での障害者枠での採用をするということはないということになり、
卒後に然るべき専門機関で訓練という名の実績を作り、
プロの目のアセスメントしてもらってから、エントリーしてくれとのことだった。

ということは、自動的に進路未決定にならざるを得ない。
専門機関を進学として捉えれば別だけど(!)。

養護学校に行けなかった障害を持つ若者及び、
高校で障害が明確になり、手帳を取得した若者は、
自動的に迂回路を経なければ、雇用されることは難しい。

そして、それがどのような挫折経験として彼らの記憶に刻まれ、
学校という最後の所属を離れる、人生の節目である時期ということが、
多くの人たちのイマジネーションの網の目からこぼれ落ちている事実。

彼らの多くが二次障害リスクと隣合わせであるにも関わらず!。

「おいおい、どこが福祉国家なんだよ!」
と、やはり支援者としての怒りが込み上げてくる。

ドライに言うと。

学校内の頑張りや成績は、すべてアカデミックスキルであるし、
それを見て立ててるのは障害のズブの素人だから、
うちの会社の業務ができるかできないかの判断基準には到底ならない。
一か八か雇うほど企業活動ってのは甘くないので、
やはり第三者機関でお墨付きをいただいてきて下さい。

うちも特例子会社ではありますが、
慈善事業じゃないんでそこはひとつ、って話である。

おいおい、やっぱおかしいよ。
当事者と企業の普通の雇用の関係になってて、
国ってものが全然出てきてないじゃん!

だからこうすればいいなんてものは、今の僕にはない。
ただ、この憤りをシェアして、
やっぱ21世紀を生きる俺ら的にはこうじゃないきゃだめじゃん、
ていうコンセンサスを導く一石になればと思う。

そして僕は投げっぱなしじゃ終わらないぜ。

絶対、ここをなんとかしたい。
何とかしなければ、僕たちが学校の中に入り込み、
いろいろな創意工夫で学校内に根を張って、
見立てだとか受容だとか言ってることが
すべてただの独りよがりになる。

なんでここが接続されてないんだ!
なんでここが拒絶されるんだ!
自分たち(行政)の初期設定不良のせいで普通科に行き、
社会の受け皿がないから敢えて普通科に行かせたのに。

田奈Pass@ぴっかり図書館という支援への導線を持ったサードプレイス

コーヒー

今日は比較的のんびりした一日だったので、
毎週、相談員として行ってる高校の図書館で、
ラジオの話や、カメラや写真の話、レコードの話など、
形を変えながら、今の時代に残っているものについて、
取り留めもなく話してた。

各々が、各々のツールに対して紐付けられた思い出を、
だからなんだってことなく話す。

ああわかるわかる、とか。
そうそう、それそれ的な共感の笑顔。

こういう、同じ寒さや、同じ満腹感を共有した時間に、
ふっとアウトプットされるエピソードや心配事が、
気持ちを軽くさせ、人々を結び付けることで、
新たな気持ちで、バック・トゥー・ワークできるんじゃないかな?

大工さんや、農家の方たちなんかが、
忙しい手を止めるお茶の時間みたいな。
そんな愉しいコーヒータイムだった。

コーヒーといえば、スタバは事業コンセプトとして、
自らを以下の様な「サードプレイス」として捉えているそうだ。

家庭や職場からはなれ、
家族や恋人、友人と語り合ったり、
時には一人で夢を膨らませたり、
感傷的な気分に浸ったり。
そんな場所があると素敵ですよね。
私たちは家庭と職場や学校の間にある、
日常を忘れてくつろげる第3の場所「サードプレイス」を
人々に提供することを目指しています。



「サードプレイス」というのは、
都市に暮らす人々が「心のよりどころとして集う場所」のこと。
アメリカの都市生活学者のレイ・オルデンバーグという人が、
1998年に書いた『The Great Good Place』という本の中で提唱しているそうだ。

ちなみにファーストプレイスが「家」で、セカンドプレイスは「職場(学校)」。
あ、僕はまだ未読でネットで情報収集をしているところです(^_^;)

オルデンバーグは、サードプレイスの機能を以下のように定義しているんだって。

1.サードプレイスは、心をニュートラルにする。だからそこでは、ありのままの自分に戻れる。
2.いろいろな人との出会いの場を提供してくれる。
3.知的フォーラムや、個人のオフィスとしても機能することがある。
4.ローカルな場所にあって、いつでもアクセスできる。
5.包容力があり、いろいろな人を受け入れる。

これって、僕ら田奈Passがいる、
県立田奈高校の『ぴっかり図書館』じゃないか!
って話を最近、司書さんや、相棒の鈴木晶子さんと話しながら、
サードプレイスの上記定義に、以下を足したらまさにだぞと。

6. 必要に応じて、専門相談員のアドバイスを受けることができる。
7. 更に支援が必要であれば、専門のプログラム(バイターン)を受けられる。

個人的なイメージでは、
サードプレイスからネクストプレイス(←適当に言ってます)への
導線を持ったサードプレイスが、
2013年の、この日本には、特にセカンドプレイスとしての学校には、
必要なんじゃないか?

もしも僕がボ〜っとしている姿を見たら、
きっと僕はこのことを考えていると思う。

社会的早産である高卒にはインキュベーターとしてバイターンが必要だ。

学校というのは、
どうして社会と敵対関係になりやすいのか?

敵対関係とまではいかないくても、
保護者や行政機関などと、
折り合いの悪い関係になってしまいがちなのだろうか。

その答えが、なんかわかったような気がするのが、
『どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?』の、
高橋源一郎の以下の言葉。
当然、本書の中で、内田樹は支持しているんだけど。

うん、つまり、そういう(非社会的な)時期を子供の頃に通過することで、社会がよりタフになる。そういうものが教育だと僕は思うんだよね。


これが教師的発想のマイノリティなのかもしれないけど、
僕には納得感あったし、この発言を支持したいと思う。

学校というのは非社会的であるべきだ。

社会から隔離された、非社会的な状況で、
学問を通して己を知り、
社会の在り方を模索する時期が、
人には、いや、強い社会を創るには必要だ。

うん、そうだと思う。
(しかし、ここに教育的カタルシスが入り込むとややこしい…。この話はまた今度。)

これからの時代のポータブル(移動可能)スキルは、
本当の意味での技術ではなく、
学生時代という非社会的な状況下でしか許されないような、
死ぬ気で打ち込んだ、経験という名の物語なのだ。

きっと先生という意思の総体である学校はそう思ってるんだろう。
生徒たちを守るために、社会的なものから抗ってるんだ。
だから、どうしても社会的な人たちと折り合いが悪くなる。

言っとくけど、
体罰やイジメを隠したり黙認する体質を擁護しているんじゃないよ。

高卒就職というのは、高度に成長した文明国家において、
社会的早産なんじゃないか
、と僕は思う。

雇用情勢に照らし合わせてみても、
本当はあと四年(大学四年間)、お腹にいないと社会でサバイバルしていけないのに、
諸事情により、強制的に産み落とされる若者たち。
それが、高卒就職者なんじゃないか?

そう考えると、大卒よりも早期離職する割合が多いのも納得がいかないか?
足腰がガクガクして、まだ目も開けれないまま社会に出てるんだから。

「なんか違った」は当然の成り行きだろう。

主体的に産み落ちる若者も当然いるけど。
商業高校や工業高校は、インキュベーター(孵化器)といえるかもしれない。
専門学校は保育器か…。(大学院をなんて例えよう…)

そんな、社会的早産な生徒を多く抱える課題集中高校が、
もしも非社会的であったら、
就職した生徒たちは面喰らって、それこそショック死してしまうだろう。

ここに、高校生のアルバイト問題があるんじゃないか?

出来るだけ、非社会的なフォーマットに生徒を置いておきたい先生と、
社会的早産という現実を受け入れて、社会性を育むためにはアルバイトも必要だよね、
という先生たちとの二極化。

ここのコンセンサスがなかなか得られない。
変わるべきは学校ではなく社会だ。
そんな葛藤を学校に感じる。

この葛藤を放置するのではなく、
少なくとも、普通科高校というインキュベーターを持たない高校から、
就職を目指す生徒たちには、なんらかの支援があってしかるべきじゃないかな。

そして学校があるべき非社会的なフォーマットであり続けることを尊重しつつ、
社会的なエッセンスを授業として組み込む、このバランス感覚。

バイターンというのは、
普通科高校就職希望生徒たちのインキュベーションになったらいいと思う。
バイターンは、そういうものを目指しているんだ。

『部落差別の謎を解く』を読み、溶けた謎の中にひきこもりの問題を見た。

部落
僕は若者支援の相談員として、
知らない間に被差別部落の人と接触していたかもしれない。
(同じようにセクシャルマイノリティの方とも)

そして僕は、それに気づかず、
苦しみを感じてあげられずにスルーしていた。

…のではないのか?

と感じることがあり、とりあえず何か読んでみようと手を出したのが、
ご自身も被差別部落出身者である川元祥一さんの『部落差別の謎を解く』だ。

別に、僕は何も望まれていないのかもしれないし、
別に、僕に何ができたかなんてわからないけど、
支援者としてのイマジネーションを数センチでも深く出来ればいいと思って。

江戸の歴史からはじまり、「ケガレとキヨメ」について、
様々な考察がなされたこの本には、
僕の知らなかったことが充満していた。

その中でもっとも僕の心に響いた一文は以下であり、
部落差別問題から大きく飛躍し、差別問題について考えさせられた。
少し長いが、引用させてもらう。

人種差別や民族差別、宗教や男女の差別などがよく知られていますが、それぞれ解決の道筋はかんたんではないものの、それぞれの特性は最初から誰の目にも明らかです。差別は何らかの差異を根拠に社会的不利を被ることといえますが、(中略)こうした人権問題にあって、部落問題だけは最初の根拠といえる差異が見えないのです。差異が見えにくくて差別だけが突出するものだから「いったいどうして?」とわけがわからなくなる。差異がはっきりしていれば、共通認識のもとに対話がはじめられるのですが、最初の差異がわからないので、共通の認識が持ちにくく、従って発言もこもりがちです。



僕はなんとなく部落問題に、ゆるく関心を持ちつつ、
なんとも掴みどころのなさと、日常での実感のわかなさ、
まさにここに書かれている、差異のなさが、
僕をこの問題から突き放すのだ。

この「差異が見えない」というところで、
職業病というか、どうしても僕はひきこもりの問題と被せて読んでしまった。

ひきこもりの問題は、
「差異が見えない」のではなく「姿が見えない」のが問題だ。

差異がないのに差別されているのと、
姿が見えないのに決めつけて語られているのと、なにか似ていないか。

そして、その想像上の彼らのイメージの国民的なコンセンサスが、
「働けるのに働かない若者」となっているんだろうと思う。

僕はこれを差別という気はないけど、
差異が見えず、共通認識がもてないから議論が生まれない部落問題と、
姿が見えないので、対話がはじめられない、ひきこもりの問題の似て非なる問題が、
どこか底暗い部分の、日本人のメンタリティとして、
つながっているんじゃないか。

ひきこもりの子どものことを隠し続ける保護者のメンタリティには、
「ケガレ」のような、触れるとうつるような罪悪感があるのではないか?
そして誰も「キヨメ」られる者が現れない…。

僕はそんな風にこの文章を読み、
このセンテンス以降、ずっとそういう目で読んでいた。

そして、おわりにを眺めていて、
僕の感じていた思いが、作者とシンクロしていたことに驚いてしまった。
川元祥一さんは、こんなことを書いている。

現代的に「精神の漂流」とか「精神の空白」といわれる社会現象に深いところで関連しているのではないか。そんなことが感じられてならない。



同感である。

部落差別の問題については、一定程度の知識を得られたが、
僕はその溶けた謎の中に、新たなひきこもりの問題を発見したような思いがしている。
それを言葉にするのはまだ難しいけど、棚上げしたくない問題である。

日韓関係にK-POPはどのような作用をもたらすのか?



我が家では毎日、夕方になると「K-POP祭り」が始まる。
この呼び方は僕が勝手に言ってるだけだけどw
まあ、この動画を再生しながら読んでいただきたい。

少女時代などをコンポでかけて、
鏡の前で次女が踊り、歌うのである。
僕もたまにいっしょに踊るんだけどw
これがいいコミュニケーション・タイムとなる。

今年のお正月の話。

ドライブとなると、子どもたちは自分のiPodを持ってきて、
「これかけていい?」と曲をかける。
それが少女時代を中心としたK-POP(その中に僕の影響でスチャダラとか入るw)。

少女所時代、これが悪くない。
もっと素直な物言いをしよう、いいのだ!。

「これはなんていうグループ?」
「この歌の上手いメンバーはなんていう人?」
なんて、質問に娘たちは嬉々として答えてくれる。
僕も大体の曲のサビは歌えるほど聴かされてきた。

写真を見ながら「パパは誰が好き?」など、
ちょっと照れる質問もしてくるw。
ちなみにユナ。

実家からの帰路。
バックシートの姉妹が、こんなやり取りをしていたのを聞き、
僕は時代が変わっていってるなあ、と思った。

姉「韓国語の発音ってカッコいいよね〜」
僕「(そうかな?俺にはコミカルに聴こるんだけどなあ…次女は同意するのかな?)」
妹「うん、いいよねえ〜」
姉「うち、韓国語が話せるようになりたいなあ」

僕は、大袈裟なようだが、
時代の節目に遭遇したような気持ちになった。

耳の中にはフィルターが存在する。
ビートルズのアビーロードのB面メドレーを、
ビートルズの歴史を知り、これがラストアルバムだと知った耳で聴くのと、
知らずに聴くのでは、それは聴こえ方が違うのは当然だ。

過去の歴史を知らない娘たちが、
純粋に韓国に対する憧れを抱いている。
素晴らしいじゃないか!と、僕は思った。

僕は常々、人にとって最高の能力は「忘れる」ことだと思ってる。
「忘れる」ことは、人にとって、ある種の安全装置だと思う。
しかし、歴史というものに刻み込まれたものは、
永遠に語り継がれ、「忘れる」ことを許させない。

それが戒めとなり、二度と同じ過ちを繰り返さないため、
であればいいが、恨みを忘れないために機能してしまうし、
ナショナリズムを煽る材料として利用され続けてしまう。

それからすぐに、何気なくネットを徘徊していて、
「2ちゃんねる」のまとめサイトを見ていたら、
これが韓国への誹謗中傷の嵐で、とても残念な気持ちになった。

娘たちと、2ちゃんねるの住人たちの違いは何か?

歴史を知っているか、知らないかだろう。

今後、K-POPで育つ娘世代が大人になっていくと、
日韓の友好関係はより親密さをましていけるのではないかな、
ということを感じている。

人の本当に素晴らしい能力とは、
過去の先人たちの振る舞いや事実、偉業を踏まえ、
今あるべき最善の行動をすることだと思う。

彼女たちが今後を歴史を知りながら、
今あるべき最善のパートナーシップを築く人になってくれることを
心から望んでいる。

ひきこもり ~みんなが知ってる隠しごと~

本日は内閣府のお仕事で、岡山県勝央町に来ている。
失礼ながら、本当に田舎で何もない。
でも、こんな田舎でも「ひきこもり」の問題は深刻だ。

この深刻さは、去年福井に行った際に話を聞き、
感じたこととまったく同質のもので、
僕が見聞した土地だけではなく、地方特有の深刻さだと思う。

恐らく、東京者の僕が勘違いしてはいけない点は、
今から書くことが、日本のひきこもり問題の、
マジョリティであるということだろう。

何が深刻なのか?

「存在が非公式に確認されていること」であり、
「手を付けても解決の手段がない」ことである。

例えば地元の先生たちは教え子たちの家を知っている。
親との繋がりがしっかりとあり、親の相談を受けている。
「どうか先生から声をかけてほしい」と言われるそうだ。

民生員の方々も、同様に「ひきこもり」のいる家庭を把握している。
こちらは、相談はされないが、村社会特有の監視の目で、
「ある時期までは犬の散歩をしてたけど、それもなくなった」という、
事実として記憶されていく。

しかし、手出しは出来ない。
それがパンドラの箱であることを、
みんな十分すぎるぐらい理解しているのだ。

「開けたら大変なことになる」

だから、公的な若者問題に関する取り組みの要項に、
家庭訪問等、具体的なひきこもりの支援は入れにくい。
書いたものに予算がついたら、やらなくてはいけなくなる。
そして成果を求められる。

「開けたら大変なことになる」

臭いものに蓋をするしかない状況と事実がある。

そして、この蓋を厳重に管理しているのが、
他でもない、保護者なのである。

村では、自分の子どもは家にいないように振る舞い続ける。
その方が生活がしやすいから。
多分、田舎ではまだまだ育て方が悪い、甘やかしだ、
という声が強くあり、避難の対象となるだろう。

実は昨日の質疑応答で、
ご高齢の方が僕に強い苛立をぶつけてきた。

「先生は、“働きたいけど働けない若者”というが、
わしは“働けるのに働かない若者”だといまだに思ってる」



この方の声も、やはりマジョリティであるのだろう。
だから、保護者にアンケート調査のようなものをしても、
「家にひきこもっている人はいない」と書くしかなくなる。

でも、みんなが知っている。

当然のことながら、
このまま公然の秘密を守り続けるためには、
保護者が生きていなければならない。

しかし、時間切れが迫っている。
「あの人が死んだらあの子はどうなるんじゃろか?」
それを村人たちの誰も感じている。

「開けたら大変なことになる」

大変なことに対処できる専門家が、
呼んだら来てくれるところにいない、という。

しかし、しっかりとしたカリキュラムと、
家を離れて住まわせる部屋を確保し、
その莫大なコストを自己負担ではなく、
国負担にしてくれるなんてことがあるのか?

「開けたら大変なことになる」

裸の王様ではないが、
言い出したら大変なことになるのが
ひきこもり問題なのであることを、
痛感する一日だった…。

ひきこもり支援から、予防支援に舵を切った自分であるが、
臭いものから目を背けてしまったのではないか?

そんなことを考える。

1月17日

東京砂漠なんて歌があるけど、
iPhoneの充電が切れっぱなしだった僕にとって、
本当に砂漠を彷徨う旅人のような一日だった。

今日は日もまたいでいて、
明日も早いので軽く一日の振り返り。

午前中、在宅で仕事してから、
高校の仕事に行こうと思っていたら、
1時間、時間を読み間違えて、
全然仕事なんかしてる時間ないじゃんと
慌てて家を飛び出した。

ストーブを消し忘れたと思い、
家に舞い戻り、結局消えてたということあり。

僕はそこで強迫神経症の方々の苦悩を思った。

この間僕も、ストーブを消し忘れたばかりだった。
またやっちゃった気がした。
やってないのに。

またやっちゃった気がし続けている方がの苦悩が、
生活に支障を来す感じ、よくわかった。
僕は間違えて一時間早く出てたけど、通常なら遅刻だ。

埼玉県の桶川にある高校でキャリア・ガイダンス。
僕の嫌いな25分ずつ、4クラスを回るってパターン。
でも、今日は、嫌いを克服できた気がした。

飽きなかった。
全ての講話が微調整しつつも充実していた。
なんでだろう?

これは売り物になるな、
という構成を考えれてたから。
この25分で全国回れるんじゃないかと思えるような、
そういう構成を作れていたから楽しかったのだ。

そう、嫌いだったのはフォーマットじゃないのだ。
そのフォーマットでパフォーマンスを発揮できなかった自分が嫌いだったのだ。
敵は己の中の自分。

夜は横浜でバイターンの協議体の定例会。
いつも奇跡のような素晴らしい会議だけど、
そこに本日はNHKのカメラが入っていた。

それも嬉しかったけど、
会議の内容の充実度が嬉しかった。
先生方が、バイターンの手応えを熱く語ってくれた。
また、協議体メンバーも、バイターンの可能性を語っていた。

いい酒を飲んだ。

明日は岡山だ。

暴力で教育なんかできないんだよ。 優しさでしか人は変わらないんだ。

あまり気乗りしないけど、
ちょっと避けてた「体罰問題」について、
僕の経験と、僕なりの考えを、ちゃんと書いてみたいと思う。

僕自身が子どものころ、
母が再婚し、血のつながりはない父から、
今思うとけっこうな体罰を受けていて。
多分、中学の三年間が一番酷かったんじゃないかな。

今、父は歳も取り丸くなって、
そんな過去を跡形も感じさせないから
いまさら書きたくないんだけど…。
僕の経験が誰かの気付きになることを願い、書いてみたいと思う。

それはいつも酔っ払ったときだったと思う。
僕が口答えをしたり、気に喰わないことをすると、
正座をさせられ、父の「わかったか」に対して「はい」というまで
平手打ちをされていた。

僕は簡単には「はい」と言わない頑固な子どもだった。
涙を流しながら、黙って平手打ちを受けていた。
なんとなく、父親として受け入れていない自分もいたような気がする。

どうやってあの説教はいつも終わっていたのか?
覚えていない。
根負けしたのは僕の方だったたのか、
父の方だったのか?

そもそも、何をして怒られ、僕は何がどう成長したのか、
僕は何も覚えていない。

体罰とは悔しさや恨みしか残らないのだ。

僕は高校でタバコを3回捕まった大バカヤローだ。

1回目は訓告。パートを切り上げて母が高校まで迎えに来て、
頭を下げていた。担任からは力任せの平手打ちをもらった。
まあ、いわゆる体罰。

2回目は停学。この時も殴られた。
一週間だったか、二週間だったかもう忘れたが、
停学の間ずっとゲーセンに入り浸って、やっぱりタバコを吸ってた。

3回目は、部室でタバコを吸っているところへ、
顧問の先生が入ってきて、全員が平手打ちされた。
僕が退学になることを知ってて、
先生の胸のうちに仕舞ってくれた。
その代わりのビンタ(体罰)だと先生は言った。

何をされても僕は変わらなかった。
高校なんて辞めてもいいと思ってた。
「Nothing Gonna Change My World」
そんな歌を口ずさんでいた。

でも、あの時辞めなくて良かったって、本当に思ってる。
だから、今、目の前の中退しそうな生徒を、
本気で止めたいと思える。

何回目の時だろうか。多分2回目か?

学校で平手打ちされ、家に帰ったら今度は父親にやられる、
そう思うと憂鬱で家に帰りたくなかった。

夜になり、父が帰って来た。
ぶっ飛ばされるだろうと覚悟を決めていた。
母が報告しているのが聞こえる…。

ワイシャツを脱ぎながら、
まだシラフの父が僕に言った。

「俺も高校生の時から吸ってたけど、捕まるようなドジは踏まなかったぞ。
もっと上手くやんなきゃだめだよ」と、福島の訛りで言った。

優しい目だった。
微笑んでもいた。
それが意外だった。

その時から、僕は父親を尊敬できるようになっていった。
許された時のデカさみたいなものに、
やっと甘えられる場所を見つけたような気持ちだった。

ある時のドライブで、父が運転しながらタバコに火が点かなくて、
僕が軽く吸って点けたのを、父に渡したなんてことを覚えている。

何で平手打をされたのか、
今となってはなんにも思い出せないけど、
この殴られなかった時の記憶は、
今も明確に覚えている。

暴力で教育なんかできないんだよ。
優しさでしか人は変わらない。


それから僕は結婚し、男の子を授かった。

親に殴られて育った僕は、
子どもに体罰をすることに対する罪悪感がなかった。

いや、あったな。

(よっぽどの時にしか手は出さなかったと思うけど)
それよりも先に手が反射的に出てしまう。
子どもが本当に可愛くてしょうがないのに。

ある日、言葉をしゃべるようになった息子が、
僕に叩かれ、泣きながらこんなようなことを言った。

「僕は動物じゃないんだから、口で言ってくれればわかる。
だから叩かないで」
と。

その昔、僕も父に泣きながら言った言葉と同じ言葉だった。

自分があれほど嫌だったことを、
愛する子どもに無意識してしまっていた。
それに気づき涙が出て、息子を抱きしめながら謝った。

僕はあの日以来一度も手を上げていない。
息子はもう叩かれたことがあることすら覚えていないという。

暴力は連鎖するんだ。
自分より弱い相手を見つけて仕返しのように。


いま、体罰が問題になっている。
一人の高校3年生が自殺をしてやっと問題になっている。
されてきたことをすることが当たり前だから、
問題にもならないできたけど、もうこれで止めにしよう。

体罰に教育的効果なんてない。
悲しみの連鎖を生むだけなんだから。


最後に、話をひっくり返すかもしれないエピソードをひとつ。

高校生だった僕が、また何かとんでもないことをしでかした。
それに母が怒った。
母も怒る人だったが、殴られたことは一度もなかった。

そんな母に平手打ちをされた。

痛くなかった。

痛くなかったことが悲しかった。
本当に悪いことをしてしまったんだと、
母を怒らせたのではなく、悲しませてしまったことに、
凄く反省した。

もう二度と、母を悲しませるようなことはしないと、
僕はこっそりと誓った。

これもはっきりと覚えている。

でもこれは、体罰教師の逃げ道である、
「愛のムチ」というテクニカルなものではない。

僕はカウンセラーだ。
テクニックで超えられる一線と、
テクニックで超えられない一線がある。

こういうことが、なぜわからないんだろう?

「愛のムチ」なんてことを言ってる教師は、
その一線すらわかっていない、低能な教師の使う言葉だと思う。

2013年1月 自戒を込めて。
石井正宏

亡くなった高校生のご冥福を心よりお祈り致します。

支援者という第三者が活躍するサードプレイス

都市生活者には三つの“居場所”が必要だといわれます。第一の場所(ファーストプレイス)が「家」。第二の場所(セカンドプレイス)が「職場」。そしてその二つの中間地点にある第三の場所を「サードプレイス」と呼びます。



今日知った言葉、「サードプレイス」になんかピンと来た。

僕が若者自立支援という仕事を始めたとき、
自分が第三者であるということを、どうキープしていくかってことが、
いかに大事かということを、
すごく教え込まれたような気がしている。

恐らく、教育システムなんて確立していなかった時期のNPO法人にいたので、
「ここは大事なとこ」と僕が心の赤線を引いただけの場所かもしれない。

ある時、上司に支援方針に対しての不安を伝えると、
「石井君はお母さんじゃないんだよ、お母さんになってない?」って問われたことがあり、
ハッとしたことを覚えてる。

僕は、その相談者に感情移入し過ぎたあまり、第三者性を失っていたのだ。
(サードプレイスのファーストプレイス化)

僕のいた支援者文化の中で、一番の名言は以下だと思っている。

保護者だからできないことがあり、支援者だからできることがある。
しかし、支援者だからできないことがあり、保護者にしかできないこともある。


これは、

ファーストプレイス(家)でも、セカンドプレイス(職場)でもない
サードプレイスに住む住人にしか救えないことがあるんだよ。
でも、それはファーストプレイスの住人がしっかり役目を果たして、
はじめて成立することなんだよ。


という教えだったんだと、今夜、咀嚼することができた。

この保護者と第三者(支援者)のできることをしっかり果たした時に、
若者は自立ができるんだと思う。
そして、どちらかが、その役割を果たさなかった時、
生涯続く遺恨を残すんだと思う。

「石井君はお母さんじゃないんだよ、お母さんになってない?」

この問いは、多くの遺恨を背負い込んだ先人たちの言葉なのだ。

措置入院というものが、
命を守る最善の措置であれば許されるのかしれないが、
そうでない、責任放棄の末に行われてしまう場合がある。

この判断は難しいと思うが、
保護者が保護者としての役割を果たさない中で決断され、
措置入院させられた若者たちの呪詛を、悲しいかな僕はけっこう聴いてきた。
そしてその呪詛を吐く人は、しんどい状況に陥っていた。

第三者という関わりは、昔の地域社会では「お節介」として、
当たり前にあったことだと思う。

井戸端ってのはサードプレイスってやつだったんじゃないかと思う。

個人情報保護法や、社会の価値観の変容とともに
このお節介がしにくいものとなり、
第三者をカネで雇うしかなくなっている。
或いは公共事業で国が提供しなければ得られないものになっており、
それが、僕の職業になっている。

それがこの国である。

このことをしっかり考えたい。

今日聞いた、サードプレイスという言葉は、
僕の支援者体験と、コミュニティよりも、もう少し小さいスペース、
例えば図書館に対する環境設定をする上で、重要な概念だと思った。

僕が今携わっている、田奈Passなんかが、
サードプレイスというものに対する、
新たな概念付けを果たす役割に成り得るのではないかと感じた。

なんらかの形で、僕らが今実践していることをアウトプットし、
この社会を1ミリでも前に進めることに、貢献できるのではないかと思う。

成人式を迎えた君へ〜君が何をするために生まれてきたかがわかる5つの習慣〜



成人式おめでとう。
東京は生憎の雪になってしまい、
さぞかし大変な一日になったことだろう。
ご苦労様。

かじかんだ指やつま先を暖めながら、
まあ,1曲聴きながら一杯やろうじゃないか。

君の20年に乾杯!

今日の真っ白な雪のように、
ハタチって君が思っているより、
実は、真っ白い年齢なんじゃないかな?

43歳の俺は、君を見てて、そう思うよ。

君が思い描いた夢を、
君の好きな色で自由に塗ればいい。
これから君が出会う、志をひとつにした仲間や、
愛する人の色を重ね合わせ、
素敵な絵を描いて欲しいなって思う。

足りない色があったら相談してみてくれよ。
あったらあげるから。
なかったらゴメンな。
その時は俺の友だちにあたってみてやるよ。

これからどんどん、日本の経済が萎縮して、
僕らの生活から自由で文化的な生活が奪われていくと、
政治家やマスコミは警鐘を鳴らし、
そのためにはまったなしの経済成長だっていってるけど、

そんな言葉はシカトしてさ、
もう君は、君の知らなかった時代に戻ることに固執しないで、
君らしい、おっさんどもが思いつきもしない生き方を模索してほしい。
おっさんの一人である俺はそう思うんだ。

まあ、こういう考え方を馬鹿にするおっさんもいるから、
君自身も真に受けないでしっかり考えてみてほしい。

君が君らしい人生を歩みたいと明確に思ったなら、
残りの俺の人生を君に捧げながら、
君の見る夢の一部に参加させてもらえたなら、
俺は嬉しいと思う。

君の夢にとことん付き合うぜ。

まあ、もう一杯。

君がこの時代に生まれたのは偶然じゃないんだと思うんだよ、俺は。
きっと、この時代の日本に、
なんかの使命をおびて、君は生まれてたんじゃないかって、
期待を込めて俺は思うのさ。

その使命が今はなんだかわからない。
でも、君が年をとった時に思うと思うんだ。
「俺はこれを成し遂げるために生まれてきたのかもしれない」って。

それが何かは今はわからない。
ひょっとしたら出会わないかもしれない。
でもそれじゃあたった一度の人生だぜ、つまんないだろ?
だから、その何かに君が出会うために5つの習慣を教えといてやるよ。

1つ目は「好奇心」だ。
常に自分を成長せるための好奇心を忘れないでほしい。
わからない言葉が出てきたらその場で調べてほしい。
新しく気になるビジネスに出くわしたら、
その潮流とビジネスモデルを想像し、わからなければ本を読むなり、
人に聞くなりして勉強してみてほしい。
好奇心は君を磨くための砥石だと考えてみてほしい。

2つ目は「冒険心」だ。
これから君が何か行動に移す時に迷うことがあったら、
「成功か失敗」じゃなく「カッコいいかカッコ悪い」かで判断してほしい。
世の中には「成功してもカッコ悪い時」と、「失敗してもカッコいい時」がある。
君の信念を貫くことに怯えないでほしい。冒険心を忘れずに。
これを鍛えるには人に判断を委ねることをやめることだ。

3つ目は「柔軟性」だ。
君は君の価値観を大切にしてほしい。
しかし、君が他の人の価値観を否定するのはやめるべきだ。
「僕はそう思わないけど、君の考え方もいいね」そんな調子でいてほしい。
そういう多様性を受け入れる柔軟性を持ってほしい。
考えを変えるのだって別にカッコ悪いことじゃない。
固執は孤立を生むんだ。柔軟に物事を捉え、自分自身も柔軟でいよう。

4つ目は「楽観性」だ。
これは自信がある?それはけっこうだ。でもこれだけじゃダメなんだぜ。
今日がダメでも明日はきっといい一日になるって。
今の日本はかなりしんどい時代だけど、
いつかきっと素晴らしい国に、この国はなってるって。
そんな希望の灯を自分自身で灯せるような人になってほしい。
その燃料のなるものが好奇心かもしれないな。

そして5つ目は「継続性」だ。
社会人になれば嫌なこともある、逃げ出したいことだってあるよ。
特に新人のうちは山登りと一緒でが上り坂ばかりでさ、息も切れるよな。
見たこともない景色を想像もできないまま、山を登るのは大変だ。
でもさ、「継続は力なり」とか。「石の上にも3年」とかさ、
長くやると見えてくる景色ってのが絶対にあるんだよ。
はっきり言って、その景色を見てないヤツが何を吠えても誰も相手にしてくれないぜ。
まず、入った会社で3年がんばってみろよ。
しんどい時はまた今夜のように付き合うからさ。

この5つの力を身につけ、実践していれば、
君がこの時代に生み落とされた理由がきっとわかる日が来る。
その時、俺がもしも生きてたら、その時はまた飲もうぜ。

じゃあ、最後にもう一度。

君のこれからの20年に乾杯!



これはクルンボルツ教授の有名なキャリア理論で「プランド・ハプスタンス理論(計画的偶然性理論)」をもとに書いています。この5つの力を持っている人たちは、転機に打ちのめされることなく、転機=偶然を必然に変える力を持っている人とされています。もしも、今の自分に欠けているものがあると感じたなら、それを掴む努力をしてみて下さい。応援しています。

ロックンロールバンド内のコモディティ化対策



今日は、僕がやってるバンドのスタジオの日だった。

働き盛りのメンバーたちの都合を合わせてみると、
週末に午前中が一番都合がいいことがわかった。

ゴルフってそういう理由で週末の午前中なんだなと、
午後からの酒飲みでも納得したんだけど。

うちのバンドは、楽器が上手いとかそういうこと以上に、
人間的な繋がりが重視されるバンドなので、
グレイトフル・デッドにドラムが二人いるように、
ギターが三人いる。

同じ6本の弦が同じキーで張られたギターが三人。
計18本の同じような音楽的嗜好を持った男たちが、
大音量でこの18本の弦を掻き鳴らす。

ロックンロール・バンドというのは、
プレイヤー人口の多いギターが宿命的にコモディティ化し、
より上手い人間が生き残るしかない競争が生まれるのだ。

しかし、この辺がジャム・バンドの緩やかなおおらかさで、
実際には僕ら楽しんでるだけだから、
そういう競争は生まれない。

だけど、どう被らないか、瞬間瞬間、相手の音を聞いて考え、
対応してるわけ。

これは、ある意味、自分意外のギターがいるバンドにいる
ギタリストにとっては宿命のようなものだろう。

求められるスキルは音楽的コミュニケーション・スキルだろうか?

あいつはパワーコードでゴリゴリ来てるから、
俺はオブリガードでしっとり攻めようかな、とか。
誰がソロを取るかお見合いになってしまうとか。

ただ実際は、力量の高くない素人的には、
手元ばかりが気になり、アイコンタクトなどする余裕もない。

そこで僕は、はなからみんなと違うオープンチューニング(E)ってのにして、
スライドギターでスタジオに入ることにした。

これにすることで、アプローチが他の二人とは明確に違うことができるし、
カントリー的なアプローチなど、バンドとしてのバリエーションも増える。

これって、コモディティ化したロックンロール・バンドの差別化を、
反射神経的に行ったんだと思うんだけど、
自分らしいアクションだったなと、今日のスタジオを振り返って思う。

自分をある環境設定内で意味のある存在として活躍するための積極的なアクション。

洋服が被るのがイヤとか、
団体行動でみんなと同じ事をしてるのがイヤだとか、
そういう同調圧力とか強制力、
或いは気づいたらみんなが同じ方向を向いていたみたいな、
そういうことから、どう自由になれるか?

僕は常にそういうことを考え続けた人生なわけだけど、
こういうところにも、
そういう意思が働いていることが、確認できた一日だったし、
こういうことがロックだなあと思ったりする。

コモディティ化からどう抜け出すかを考える、
いい機会になった気がする。

それは空気を読むことではなく、
自分の内側で本当にしたいことを考えること。

答えは自分の中にある。それを突き詰めること。

人が親密な関係を築くための60°

通勤の電車内で目に止まったキャッチ。

Gabaは、すべて60°



GabaのCMは秀逸なものが多く、
今度はどんな戦略かと、必ずチェックしてしまう。

リード文を読んでみると、
マンツーマンを売りにしているGabaが、
講師と生徒の適切な関係を築く、
もっとも理想的な角度を追求したら、
60°だったという話し。

嫌な思い出が蘇る…。

キャリアカウンセラーの資格試験。
二次試験はロールプレイングだった。
審査官3名が座るテーブルの前には、
椅子だけがただ二つ、ポツンと置いてあった。

審査官の一人が言う。

お好きな形にして、カウンセリングを開始して下さい

お好きな形?好きな形なんかねえよ、と思ってしまった。

この時、僕は想定外のシチュエーションに動転していたのだ。
結局僕は、深く考えもせずに、向かい合わせのセッティングにしてしまった。
後にそれがやってはいけないルールのひとつだと知った。
試験は不合格だった…。

僕はカウンセラーでもあり、
クライアントとの場の設定には、
それなりのこだわりがある。

個人的には、車の中の運転者と助手席のような、
同じ方向を向くスタイルが好きだ。

しかし、相談ブースは四角いテーブルに椅子四つがデフォルト。
僕は、あの失敗から向かい合わせで座ることをやめ、
斜向かいになるように座るようにしている。

緊張を和らげたり、
集中して思考を深めるためにも、
視線の逃げ場を作ることが大事だと考えている。

なるほど、それが60°なのか。
ほんとかなw

立飲みバーが、女性を口説くのに最適だということを
男性なら聞いたことがあるだろう。
あれもきっと、狭い店内で男女の角度が60°になることが、
親密な関係を築くんだろうな。

覚えておこう。

ひきこもりの子どもにお小遣いはあげるべきか?

お小遣い


ひきこもりの子どもを持つ保護者の相談を、
長い間受けていると、
たびたびこの質問を受けることがある

僕は「お小遣いはあげて下さい」と言って来た。

だけど、「あげ方」についてまだは言及しないできたような気がする。

お小遣いをあげた方がいいというのは、
何か根拠があったわけではなく、
それは仮定として行動範囲を狭めないとか、
お金を使うというコミュニケーションもないよりはましだろうとか、
お金を使わない、人らしい生活から逸脱した生活が、
二次障害を引き起こす可能性があるだろう、
という仮説でしかなかったように思う。

今回、あるひきこもり経験者の方から聞いたお話と、
この間エントリーした、斉藤環さんの『ひきこもりのライフプラン』を読み、
このお小遣い問題は、やはり「あげた方がいい」という結論に至った。

ただ、今回ここで書きたいことは、その「あげ方」だ。

結論から書けば、
「必要に応じてお金を渡すのではなく、毎月一定額を渡す」ことをお奨めする。

人(親)に、お金を無心するっていうことは、非常に情けのない行為である。
コミュニケーションの取れている親子ならいざ知らず、
仮に、上手く取れていなかったら、
もっといえば、親の前では笑わないと決めているとか、
殺してやりたいと思っている親にお小遣いねだるのは、
屈辱的ともいえるだろう。

だからもらわない、という人も多いのだ。
しかし、お金のない生活を斉藤環さんはこういう。

いっさいお金を使わず、ひたすら無為に過ごす生活に陥ってしまいます。


ひきこもりの状態から家を出て、支援の現場に出て来た人と、
何度も買い物に行ったことがある。
自動改札をはじめて通る若者を見た時は感動もしたが、
僕は、彼らを見て「浦島太郎みたいだ」と常に感じていた。

無為に過ごした時間が長ければ長いほど、
社会復帰は困難なものとなるだろう。

そしてもう一点。
今のような世の中になると、
大卒だって無職になる可能性が高い。
若い無業者は学生時代の友人がいたりする。
しかし、友人と遊ぶ約束をしてしまうと、お金を使うことになり、
親にお金を無心しなければならなくなる。

あるひきこもり経験者はこう言っていた。

友人と遊ぶ楽しみよりも、
親からお金をもらう情けなさや、屈辱感が勝ってしまう。


その結果、付き合いの悪い友人と評価され、
誘われなくなったり、自分から会う機会を作らなくなることがある。

孤立化の要因のひとつに「お小遣いがない」ことは大きく影響しているだろう。

ひきこもりの支援をしてきて、
一番支援が困難になるのは、長い間お金を使わない生活に慣れた
なにも欲しいものがない「欲望のない若者」だ。

社会復帰を早めるためにも、お小遣いは一定額を渡すべきである。

最後に、シェアするココロが現在行っている、
全国の地域若者サポートステーションを利用する大卒無業者に行ったアンケートから、
本エントリーに該当する結果をみてみよう。

現在の収入について(有効解答260名)
お小遣い  78人(30.2%)
収入なし 111人(43.0%)

親の経済状態も反映した数字かもしれない。
しかし、そうじゃなかったら、仮に月3,000円でもいいから、
一定額をお小遣いとして渡すことを考えてみてほしい。

Grow Old With Me



Grow Old With Meby john lennon 意訳 石井正宏

二人で寄り添いながら、
ずっといっしょに歳をとっていこう
ほんとうに楽し時はこれから
その時がくれば
僕らひとつになれる
僕らの愛に神のご加護を
僕らの愛に神のご加護を

二人で寄り添いながら、
ずっといっしょに歳をとっていこう
1本の木の2本の枝みたいに、
ともに成長するんだ
楽しかった1日の終わりには
沈む夕陽を見ながらキスをしよう
僕らの愛に神のご加護を
僕らの愛に神のご加護を

これからの人生をいつまでも一緒に
僕と君は永遠にいっしょさ
終わりのない世界
終わりのない愛…

二人でいっしょに歳老いていく
運命のイタズラに翻弄されながら、
僕らならそれをとことん楽しめるはず
僕らの愛が「真実の愛」だから。
僕らの愛に神のご加護を
神さまも、僕らの愛を祝福しているよ

ひきこもり支援は「いかにして社会復帰するか」から、「いかにして生き延びるか」という新たなフェーズへ突入した…

ライフプラン

きちんとした自炊ができないとしても、
せめてご飯は自分で炊けるように訓練しておきたいものです。
無洗米を利用すれば、料理が苦手な“お子さん”でも、
手軽にご飯が炊けます。一度にたくさん炊いて、
ご飯を小分けにして冷凍する方法も教えてあげましょう。



さて、ここに出てくるこの“お子さん”は、何歳くらいの子だと思います?

うちには小5の娘がいるけど、
彼女には、親が忙しく帰りが遅い時には、
これぐらいやらせたいな、と感じました。

さて、みなさんは?

この文章の冒頭部をみて見よう。

ひとり残されたお子さんの食事はどうすればよいのか。
親としては、もっとも気がかりなことといえるかもしれません。



この“お子さん”とは、親が高齢で亡くなったか、
或いは老人ホームに入った後に、
一人残されたひきこもりの“お子さん”です。

親が80際で亡くなったとすれば、
50歳くらいの、一般的には中年と言われる方でしょう。

これは、”ひきこもりが生涯続いても子を支えられるライフプラン”を考えるための、
斎藤環さんと、畠山雅子さんの著書『ひきこもりのライフプラン』からの引用。

この本を読んでいて、
特に後半の畠山さんの使う“お子さん”という語感に、
時間感覚というか、言語感覚というかが麻痺し、
まるで、近未来を舞台にしたSF映画を観ているような錯覚に襲われてしまった。

なんとも言えない歪みの中に引き釣りこまれ、まっすぐ立てないような揺れ。

しかし、これはリアルな現実だ。

ご飯を研ぐことができずに、無洗米を勧められている、
50歳の仕事をしたことがなく、外出して買い物することさえ、
ATMからお金を引き出すことさえもままならない、
中年期のひきこもった人の話だ。

ひきこもり支援を長くしてきた僕は、
ひきこもると時間が止まるのではなく、ある一線を超えると時間が戻る
と感じていたが、その感覚を軽く飛び越える内容だった。

この国には、一目につかずに、状態の差はあれ70万人、
一説によれば100万人もひきこもった人がいるという。

ちなみに、ひきこもりは男性に多く、国際的には日本と韓国が多く、
韓国には約30万人のひきこもりがいると推定されているそうだ。
その理由は、先進国では両親との同居率が70%以上と高いことが理由に挙げられるとのこと。

そんな彼らが高齢化し、平均年齢が30歳を超えてしまったことを受け、
「いかにして社会復帰するか」から、大きく舵を切り、
「いかにして生き延びるか」という新たなフェーズへ突入したのだ。

ファイナンシャル・プランナーの畠山さんの講演などでも、
そのニーズがここ最近、感じられていたという。

親が支えることができなくなったあとのサバイバル・プランを、
具体的に財産や負債を洗い出し、
数字で示し、リアルな現実に向き合いながら、
しかるべき時を迎えよう、というのが本書の狙いである。

斎藤環さんはこう書く。

「はじめてリアルな生存のテーマに接することで、堂々巡りから抜け出せるかもしれない」

このことに、僕は非常に共感した。
しかし、堂々巡りから抜け出せる可能性がある者は、
恐らく20代後半〜30代前半までの、やり直せる可能性のある層だろう。

お子さん一人の時期が(賃貸で)20年だとすると、
2000万円をゆうに超える生活資金を残してあげなければならない。



実際、40代以降の方がこの事実を見たら、
もはや虚脱感しか起こらないと思う。
けっこう親思いだったりする人も多いので、
「自分という負担」に打ちのめされてしまうんじゃないか。

それが凄く怖くなった。

40を過ぎようが、50を過ぎようが、
それでも人々の中で生き、何かをしたことで対価をもらい生きていける、
そんな社会の方が真っ当だと思った。

しかし、それがセンチメンタルだということから本書はある。

ただ、本書に出てくるモデル・ケースは持ち家で恐らく都市圏。
資産ありというモデルで語られている(事例には母子世帯も出てくる)。

保護者がすでに非正規雇用だったりする昨今。
ここで語られていることがリアルな現実とも思えないほど、
社会はものすごい勢いで第3フェーズに突入していしまっているようだ。

若者たちが社会から排除されている。

この間のアップした津富先生のデータを見て、
真っ先に感じたことが、このタイトル。

まるでトカゲのしっぽ切り。

景気が悪くなった時に真っ先にとばっちりを受けるのは、
いつも、どこの国でも若者だ。

残念ながら、それが世界の力学のスタンダードらしい…。

俺も、バブルがはじけて真っ先にボーナスがなくなった。

社長、あんたのベンツを売る方が先じゃないのか?
と俺はこっそり社長のベンツに唾を吐いた。

俺はボーナス一括で、
ボブ・マーリーみたいなギブソンのエンジのスペシャルを買っていたんだぜ。


スタミナのある若者が塩を舐めて生きながらえている間に、
大人たちが若者たちのために、
次の一手を考えているかといえば、そうでもないから悲しい。

この先長い若者の未来より、
老い先短い自分たちの私腹を肥やす方が本当に大事なのか?

人生後半に集中している社会保障を少し均し、
若者側にボリュームを持たせ、それで若者の雇用を支える。
その均して減った分の高齢者の保障を、新たに生まれた若者の雇用で、
サービスとして、納税という形で支える。

そういう社会的投資ができないのだろうか。

斎藤環さんの『ひきこもりのライフプラン』の中に、こんな言葉があった。

社会から排除された若者たちの居場所は「家の中」か「路上」しかありません。

なんかドーンと重くなった。
目の当たりにしてきたものを、言語化されて打ちのめされた感じ。

家の中でひきこもっていていても、路上にいても、
社会に貢献していくことは難しく、
ますます自尊感情を失い、新たな社会保障が必要になるだけだ。

あの元気な若者たちに、雇用という形でチャンスを与えようよ。

若者全員が上手くいかなくても、絶対化ける連中がいるんだから。
俺たちだって、そうやって化かされてきたんじゃん。

宮本みち子先生の『若者が社会的弱者に転落する』が2002年の出版。
この約10年で、本当に若者は弱者へと転落し、社会から排除されている。

みんなギリギリのところで踏ん張ってる。

若者たちよ、死なないでほしい。

頼むから、死ぬ前に誰かの扉をノックしてみてくれ。

俺でもいい。

お願いだ。



地域若者サポートステーションには、
心の専門家である臨床心理士がいます。
オススメな使い方ではありませんが、こういうドアもあります。

イイトコサガシの冠地さん

冠地さん

本日が僕の仕事始め。シェアコロ的には明日から。

9日ぶりに電車に乗って、東京しごとセンター@飯田橋へ。

NPO法人学生キャリア支援ネットワーク主催の
「発達障害の人のライフスキル支援」というシンポジウム。
宇都宮大学の梅永雄二先生のお話を聞いた。

道すがら読んでいた、
斉藤環さんの『ひきこもりのライフプラン』もそうだけど、
その道を突き詰めている方々の言葉は重みが違う。

いつも僕が使っているようなことをさらっと、
それを超えた視点からドカンと、みたいな。

僕も小さなジャブをせっせと打つのではなく、
ボディブローを一発ぶちかましたいな、なんてことを思う。

パネルディスカッションでは、
facebookやTwitterではずっと絡みのあった、
東京都成人発達障害当事者会イイトコサガシの冠地さんに、
やっとお会いできた。

設定的には、当事者(冠地さん)、支援者(僕)なんだけど、
僕は当事者みたいだし、冠地さんは支援者みたいだし、
なんか変な感覚でしたが、話の通じ方がお互い半端なかったんじゃないかなと思うw。

「石井さんは、定形発達と発達障害のボーダーラインを行き来できる人だ」
という、お褒めの言葉?を冠地さんからいただいたw
今後、通訳者というか、議論の落し込みに貢献していけると嬉しい。

僕の乱暴な感想。

発達障害理解の話は、そろそろ、もういいんじゃないか?
いや、まだまだ世間に理解をされてないことは重々承知している。
それはそれで、地道にやっていってほしいし、
そこを担える人材はいるだろう。

一線を突っ走っているトップランナーの冠地さんは、
理解された次のアクションに向けて動いてほしいなと思った。
具体的にいえば、支援の先にある出口としての雇用だ。

それは冠地さんじゃなく、僕ら支援者がやるべきか?

いや、今日の結論は、
当事者と支援者が膝を交えて一緒にやるべきだ、である。

今日、僕はバイターンを紹介した。

その前に聞いた梅永先生の話を聞けば聞くほど、
バイターンは発達障害の方のための仕組みなんじゃないかと感じた。

しかし、右も左もわからない高校生を雇用するインセンティブは
説明することが出来ても、
発達障害の方を雇用する企業のインセンティブがわからない…。

これ、飲みながら冠地さんとも話していたけど、
本来インセンティブになるはずのもの(また改めて書きます)が、
二次障害でぶっ飛んでるんだという話になり、頭を抱えた。

僕もこの業界に入りずっと関わり続けてきた発達障害の問題。
なにかできることはないだろうか。真剣に考えてみたいと思う。

「若いというだけでハイリスクな時代」 〜20〜24歳の自殺率の増加が凄まじい〜

自殺率

静岡県立大学の教授で、
NPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡の代表を勤めている
津富宏さんが、昨日Twitter(@Hiroshi Tsutomi)で上記のデータをツイートされた。

先生がアップしていたデータを見やすく表にして、
15年間の数値上昇をわかりやすくするために、
2010年ー1995年をしたものを2010年に( )で書き足してみた。

その数字の羅列から、恐ろしく単純なパターンを見つけることができ、
衝撃が走る…。追って悲しみ。

「今年もまた、自殺者が3万人を突破しました」というニュースを、
もはや、恒例行事のような慣れが生じて聞き流しているような社会で、
このパターンを声高に叫ぶ者はいないのだろうか。

改めて、20〜24歳の大学生就活前後の自殺率の増加が凄まじい。
以下、津富先生のコメントそのまま紹介させてもらう。

この15年間、日本社会が音を立てて壊れているのが分かる。これに気付かずに、若者や働く世代に圧力をかけ続ける、政治と企業の鈍感さへの恐怖。日本は「生きづらさ」どころか、「生きてすらいられない」ことが明らか。身近で、しんどさを抱えている若い人がたくさんいることを日々感じているが、彼らを死なすわけにはいかない。数字を並べただけで、涙が出ることは少ないが、命を絶った一人一人の積み上げでこの数字があることを考え、しんどい若者のことを考えると、涙を禁じ得ない。私たちが、社会を変えなければいけないことはあまりに明白。



この表から、津富先生のおっしゃる通り、
この15年間の日本が音を立てて崩れていくのが”よく”わかる。

しかし、その音を聞いた者がいるのか?
その音に反応した大人たちがいるのか?

自殺というのは、微弱なSOSに気付いてもらえなかった若者たちの、
メッセージを届ける最後の手段だったんじゃないかと僕は思う。

この数字を真っ向から受け止め、
この数字には表れていない、日常を何食わぬ顔で、
ギリギリのところで踏ん張って生きている、
自殺年虜を抱えた若者たちを、大人たちみんなで想像してみるべきだ。

今のこの世代の若者たちが抱えている生き辛さを、
社会はもっと共感するべきだ。

再び、数字を凝視してみよう。
語られることのなかった物語が浮かび上がって来るようだ…。

若くして命を絶った方々のご冥福を心よりお祈り致します。

『社長力養成講座』まとめ

社長力

本書を読んでいたときの読中感を、
僕は「ちょっと考えればわかりそうなこと」と感じ、
そのもどかしさを「バカの壁」と書いた。

読み進めると、作者も「バカの壁」を引用しており、
さらに、読了後、続けざまに読み始めた『発見力養成講座』にも、
「バカの壁」の引用があった。

「バカの壁」をどうブレイクスルーするのか?

実はこのことは、本書よりも『発見力養成講座』にその主眼が置かれており、
最重要ポイントを抜き出すと以下となる。

見える力の大原則
1.気にしているとものは見える
2.思い込みがあると、ものは見えない
3.人は、自分に必要なことだけを見ている
4.人は、本当に必要なことを見ていないことも多い

こうすればものが見えてくる
1.分解してポイントを絞ってみる
2.消えていったものに注目する(人気のなくなったものなど)
3.疑問、不思議に思ったことの理由を考える
4.全体を推測しうる一点を見つける
5.先入観を疑う

やれなかったことは、やらなかったことではないか?

これが僕の2012年の反省である。
気付けなかったことはやれるはずがない。
この気付けるか、気付けないかでビジネスチャンスは大きく変わる。
気付けない日常の積み重ねは1年でどれだけ大きくなるだろう。

期せずして、正月休みに積読本の中から読み始めたこの2冊が、
2012年の反省と繋がった。

もう一冊読めそうだ。何を読もうか。

以下は、本書からのシンプルな個人的なメモ。



経営とは以下の3つである。
1.企業の方向付け
2.資源の最適配分
3.人を動かす

ドラッカーは企業のやるべきことを
1.既存事業の業績向上
2.機会の追求
3.新規事業

「ES優先」よりも「CS優先」
ES:Employee Satisfaction 従業員満足度
CS:Customer Satisfaction 顧客満足度

会社が従業員に提供できる幸せ
1.「働く幸せ」
2.「経済的幸せ」

自己実現とはなりうる最高の自分になること。


居場所とは言い換えると「自分の存在意義」です。
自分の居場所を確保できてこそ働きがいが高まるのです。
居場所が必要条件です。
存在意義とは「人から評価されること」。それが十分条件。

リレーション・マーケティングとは
得意客→顧客→支持者→代弁者→パートナー
※僕はよく使うエバンジェリストという言葉はここでいう「代弁者」である。

他者との差別化を具体化するQPS
1.Quality 品質
2.Price 価格
3.Service サービス

有名な4つのP+1
1.Product 製品
2.Price 価格
3.Place 流通
4.Promotion 販促
5.Partnerring 提携

お客様の視点に立った他社との差別化

お客様がモノやサービスを購入する順番「AIDMA」
1.Attention 注意
2.Interest 興味
3.Desire 欲求
4.Motive or Memorize 欲求の高まり、または記憶
5.Action 行動

適切な人をバスに乗せる(採用)」『ビジョナリーカンパニー』より
熱意や職業感、倫理観といった
基本的な価値観が一致する人を会社というバスに乗せることが大切。

価値観の対立は、結局、組織を空中分解させてしまう。

測定可能なことをメジャラブル(measurable)という
メジャラブルな目標を適切に設定することで、
最後までやることが重要だという問題意識が会社全体に共有される。

利益による5つの形で社会貢献
1.企業の延命
2.未来投資
3.働く人の福利厚生
4.株主還元
5.納税

貸借対照表(BS)による会社の安全性のチェック
1.中長期的な1安全性を「自己資本率」で見る
2.短期的な負債の返済能力を「流動比率(=流動資産÷流動負債)」で見る

現貯金などすぐに資金化できるもの(手元流動性)を、必ず一定以上確保しておく
中小企業なら月商の1.7ヶ月分、大企業でも一ヶ月分は最低必要

3つの会計
1.財務会計(BS/PL/CS)
2.税務会計
3.管理会計(内部向けの独自のもの)

銀行が企業を評価する5つのポイント
1.安全性
2.収益性
3.成長性
4.経営者
5.銀行の収益性

「企業が存続できる条件は、社会に貢献すること」 by ピーター・ドラッカー

経営方針決定における優先順位付けのポイント
1.現状のお客様やライバル企業の状況などの「外部環境」
2.ヒト・カネ・モノや与えられた時間などの「内部環境」

成功している人の5つの特徴
1.せっかち
2.人を褒めるのが上手い
3.他人のことでも自分のことのように考えられる
4.怖いけど優しい
5.素直

リーダーが優先して考えるべきこと
1.現在より未来
2.表面より本質
3.自分より他人
4.順境より逆境

ちょっと考えればわかりそうなこと。

僕は平熱が35.2℃ぐらいである。
だから、36.8℃とかになると、けっこうフラフラで、
37℃を超えるともう動けない感じになる。

これを、息子や家内から、
「情けない」とか「だらしがない」となじられる…。

病は気からという、その「気」が弱い方だとは、自覚しているけど…。

でもね、落ち着いて考えてみてよ。
35.2℃の僕が37℃を超えるっていのは1.8℃以上の発熱ってこと。

36.5℃の人が1.8℃の発熱をしたら38.3℃です!
38.3℃の熱を出している人に
「情けない」とか「だらしがない」とか言いますか?
って話です。そこんとこよろしく頼みます。

今回の長めのお休みで、風邪をひいてしまったので、
酒も飲まずに、少し腰を据えていろいろ考えたり、
学んだりしたいなと、ちょっと前の本ですが、
どんな時代もサバイバルする会社の「社長力」養成講という本を読んでます。

実は僕、ここまでストレートな“社長本"を読むのはこれが初めて。

こういう本て、ちょっと考えれば、
誰にだってわかりそうなことが書いてあって、
特別な秘策なんていうのはどこにも書いてないんです。

そのちょっと考えればたどり着けるはずの、
極意のようなものにたどり着けない。
恐らく、これを読んでも行動に移せる者は極一部の人でしょう。

その壁を養老孟司さんは「バカの壁」と呼んだんだと思う。

本書の中でまったく違う文脈で出てくる、
1番大きな湖、高い山は簡単に答えられるけど、
2番目に大きな湖、高い山を答えられる人は少ない。
(正解は霞ヶ浦と南アルプスの北岳)

この一線をどう超えていくのか。
元旦にエントリーした、以下に繋がってくる思い。

「やれなかったことは、やらなかったことなのではないかと自問する。」

これ、「考えつかなかったことは、考えなかったことなのではないか」でもいいんです。

僕はイノベーションとはそういう手の届きそうで届かない、
気付きそうで気付かないところにあるものだと考えているのに、
この、ちょっと考えればわかりそうなことを考えなかった自分への苛立や、
行動に移せる、移せないの差について、
微熱の頭で「社長本」をボ〜と読みながら考える、そんな正月です。

平熱35.2℃の人の37℃超えも、
ちょっと考えるとわかってもらえるはずなんだよね〜w。

追記(1月4日)
この記事をエントリーしたときにはまだ読んでいないページに、
「バカの壁」の引用がありました。
また、読後読み始めた、同じ作者の『発見力養成講座』にも、
「バカの壁」の引用があります。
自分にもあるなあ「バカの壁」。この壁をどうブレイクスルーするかが、
今年の僕の目標にしようと思う。

東京タワーと自民党のセンチメンタル・バリュー

東京タワー
自分で撮ったものがボケボケなのでフリー素材を拝借致しました


渋滞の首都高から見えた東京タワーには「2013」の文字。

やっぱいいなあ東京タワー、と拝むように見上げつつ思うことは、
「うん、スカイツリーより美しい」という意味のない比較。

そう思ってる昭和生まれの方は多いのではないかな?

それもそのはず、できたばかりのスカイツリーよりも、
東京タワーの方が思い出の数が多いんだから当然なのである。

東京タワーには、モスラがまゆを作ったり、遠足で行ったり。
家族や恋人と登ったり。おはようスタジオを観覧したりw
僕らのセンチメンタル・バリューがたくさん宿っているのだ。

しかし今後、同じように、
スカイツリーはどんどんセンチメンタル・バリューを宿し、
残念ながら「やっぱ東京タワーってしょぼいよな」が多数派になっていくだろう。
しかも、信じられないぐらい、ものすごいスピードで。

人口自然減、過去最多の21万2千人 2012年

これは元日に届いたニュース。
人口減少社会という認識は持っていたものの、こんなスピード感だったとは驚きである。

ちょっと調べたら、
東京都の文京区や荒川区の人口がそっくりこの1年で、
この日本からいなくなってしまったことと同じである。

僕は、センチメンタル・バリューが大きな「民意」として、
この国を動かしているんじゃなないかと、なんとなく思ってる。

今回の選挙で、なんとなく自民党支持者と話してると、
しいて言えば「強い自民党」みたいな曖昧なセンチメンタル・バリューで、
投票行動を起こしているような気がしてならない。

逆に、自民党に対するセンチメンタル・バリューを持ち合わせず、
ましてや、「経済成長」なんて言葉がまやかしのようにしか聞こえない若者が、
選挙に行かなかったのではないか。

或いは、その「経済成長」を自分事として感じた20代が自民党に票を投じた。
※出口調査では自民支持者が20代と50〜70代が多かった。

自民党にセンチメンタル・バリューを持たない有権者は、
にわか仕立ての政党にもなんのバリューも見いだせないまま、
なんらかのキーワードに引っ張られるように投票行動を行い、票が割れた。

そんな選挙だったんじゃなかったのかな、と。
センチメンタル・バリューというフィルターを通し、
東京タワーと自民党を重ね合わせながら、
スカイツリーとなるはずだった民主党について考えてみたりした。

言えることは、ある共通のセンチメンタル・バリュー(民意)を抱いている世代が、
東京都一区レベルの単位で消えいていっているという事実。
これがいったい何を引き起こしていくのか?

僕はこの人口減少に歯止めが効き始めた”ほどよい”世代のために、
何を無くし、何を残すのか。
そういう動き、議論をはじめるべきなんじゃないかと思う。
それこそが「責任」なのではないか。
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