NPO法人パノラマとNPO法人スペース・ナナさんの共同プロジェクト 『PANANAMA』 がコミュニティー居酒屋汽水をオープンします!

今週金曜日の初回の開催を前に、自分自身にも曖昧な部分があるので、コンセプト固めとして書いてみたいと思います。読んで気になった方は、是非遊びに来て下さいね。

まずは、プロジェクト・パートナーのNPO法人スペース・ナナさん(以下ナナさん)を紹介します。ちなみに海からは程遠いのですが、ぼくの中でこの外観は湘南です。

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ナナさんは、横浜市青葉区あざみ野で、性別、国籍、障がいのあるなしに関わらず、多様な人々が出会い、つながりを持ち、元気になれる場所や支え合う仕組みを世代を超えてつくろうと活動している団体です。

要するに「すべての人をフレームイン!」という、パノラマが目指す社会的包摂を共に目指す仲間であり、毎月一回、「ぴっかりカフェ」をコラボで運営しているパートナーでもあります。

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まず、「若者のための飲み屋をやりたい!」というぼくの願望を叶えるために必要だったものは以下でした。

①腕自慢のお母さんが作る料理(泣けるおふくろの味系)
②それを実現させるための温かな空間(隣がコンビニなら尚可!)


ほら、ナナさんじゃないですか!

支援者と町の人の間に立つ中間人材

そしてココ、すごく大切なポイントなのですが、ぼくの考える若者と大人のちょうどいい距離感をナナさんたちが持ってるんです。その距離感っていうのがぼくの中の「汽水」のコンセプトそのものなんです。

つまりはナナさんたちは、支援者と町の人の中間、つまりAとBが混ざる汽水域に立てる中間人材であり、必要に応じて支援者マインドも発揮できる方々なんです。ちなみにパノラマからは、同じ立ち位置の黒川祥子(ノンフィクション・ライター)がスタッフとして参加します。

汽水域とは?

以下は、オープンに際して書いた挨拶文です。

汽水域(きすいいき)とは、川と海の境目の淡水と海水が入り混じる河口部のこと。淡水魚はこれ以上先に行ってはいけないことを知り、海から川に帰る魚は身体を慣らす場になる。と、勝手に想像してみる。何が言いたいかというと、ある場所からある場所に移動する際に、汽水域のようなグラデーションが私たちの生活の中にあれば、人はもっと生きやすく移動しやすいのではないか?そんな場所に「汽水」をしたいと思います。どうぞご贔屓下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

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もしも、川と海の境目に汽水域がなかったら?

川と海の境目は、水の生き物にとってはうっかり命を落としちゃう危険エリアになるでしょう。汽水域は自然界においてとても重要な、どっちつかずの曖昧なスポットなのです。と、文字的な知識から膨らませたイメージだけで、自分のビジョンを語る比喩的表現として都合よく使ってますので、マジなツッコミ等はご遠慮くださいね。

さて、徐々に本質的な話題に移りますが、現代社会における大学は、この汽水域の機能として学生に取っても企業にとっても重宝されているのではないでしょうか? しかし、経済的な理由で汽水域を持てずに、淡水からいきなり目も開けられない塩っ辛い海水にダイブしなければならない高校生たちがいます。

そして、「負の連鎖を断つ」というメジャーなメッセージがあります。パノラマもこのメッセージに突き動かされて誕生した団体だと言っても過言ではありません。おそらく、多くの非営利団体がミッションのひとつにうたっているメッセージでしょう。

「働かざる者食うべからず」というさらにメジャーなメッセージがあります。この原理で出来上がっている資本主義社会をサバイバルしていくためには、定職=正社員に就くことが生きていく上でのマスト条件になります。

つまり学校から社会、生徒から社員、淡水から海水への移行をスムーズに行なうために、学校と社会の間に汽水域という“慣らし”を設けることが「負の連鎖を断つ」ことに他ならないんだと思うのです。

例えば、就職率が100%だと豪語する工業高校。いったい早期離職し、その後フリーターやニート状態になる若者はどれくらいいるのでしょう? もしも工業高校と地域の中小企業の間に汽水域(バイターンのような)を設けていたら、きっと早期離職は減らせると思います。

パノラマが神奈川県立田奈高校で展開している学校図書館カフェ「ぴっかりカフェ」や、有給職業体験「バイターン」は、「負の連鎖を断つ」というメッセージをベースにデザインされた取り組みであることが、やんわりとイメージしてもらえるのではないでしょうか。

パノラマが行っている支援は、負の連鎖を断つための所得階層からの移動可能性(transferability)を高める支援なのです。次の場所に移動してもらうためには、どうしても汽水域のような慣らしの時期が未成熟な若者には必要なんです。

淡水から海水への道先案内人も淡水で休みたい

支援者であるぼくは、淡水から海水への道先案内人なんだと思います。そんなぼくも塩辛い海水の中を泳ぐ都市生活者の一人でもあるわけです。時に塩分濃度が高すぎて目を開けていることさえツライ時だってある。ふと、淡水が恋しくなる。せめて、汽水をと。

ヘトヘトになっているぼくをよそ目に、「ぴっかりカフェ」に来たボランティアの大人たちが妙に元気を取り戻している秘密がここにあるのです。若者たちにとって汽水域が必要なように、ぼくら大人にだって汽水域が必要なのです。それがボランティアさんと生徒のウィン・ウィンになってて、結果があのほんわかしたムードなんです。

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支援者という看板の灯を落として

支援者という看板の灯を落として、一人の大人になることがぼくにも必要なのです。そんな看板を消した自分の方が、実は若者への貢献度が高いのではないのだろうか? プロ支援者という肩書きを使うぼくがこんなことを言っていいのかなとも思いますが。「酒が入った俺の方がいいこと言うぞ」という自信があります。

それは、ハローワークでたまたま見つけた求人でこの業界にデビューしたぼくがたまに、支援者だとか相談員とかいう肩書きが邪魔くさくなるときがあって、飲み屋のカウンターで隣になった兄ちゃんにならこんなこと言うだろうし、ぼくの夢の続きの話もすると思うからなんです。

そんな委託事業の相談ブースでは絶対起こらないことを、ナナさんたちとやってみたい。それを求めてた若者たちと会いたい。「支援」という言葉に違和感を持つ人は多い。しかし、ぼくのアイデンティティは「支援者」だ。でもそれを置いておける時間が汽水。支援機関の利用者が、一人の若者になり、君とぼく、俺とおまえになれる場所、それが汽水。

地域の中や職場でまだ居場所を見つけられずにいる人や、次のステージに進みたいんだけど迷いがある人、そんな人たちの話をお酒を飲みながら聞き、語り合いたい人のたの飲み会。それがコミュニティー居酒屋「汽水」なんです。

第一回目の開催は以下です、
日 時:8月5日(金)開店18時〜閉店21時
参加費:1,000円ポッキリ!ドリンクはALL持ち込み
定 員:10名
場 所:NPO法人スペースナナ 横浜市青葉区あざみ野1-21-11
申し込:npo.panorama@gmail .com または当ページのメッセージまで

お酒が飲めない方も歓迎です。お会いできるのを楽しみにしています。

NPO法人パノラマ 代表理事 石井正宏
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「なぜひきこもり支援者は学校図書館を支援の場にしたのか」 〜神奈川県立田奈高等学校 ぴっかり図書館の取組み〜

 ひきこもり支援を川の流れに例え、「川下の支援」と呼ぶことがある。「川上の支援」は、どんな若者も一時は所属する在学中の支援のことである。つまり川下が対処支援、川上は予防支援を指す。川を下るほど困難度が増し、支援はより困難なものとなっていく。よって早期発見・支援が求められている。

 孤独に傷ついた若者たちを川下で流れ着くのを待つ支援に疑問を感じ、私は川上を目指し平成21年に起業した。様々な理由で高校が最後の教育機会となる生徒たちの多い高校で、教育と雇用の接続支援を実現したいと考えていた。

 参考までに記すと、学校という所属を失い、川下の支援機関に流れ着くまでに10年かかり、この間に消すことのできない「社会的ブランク」や「履歴書の空白」が生じる。これが目には見えない足枷となり、若者たちの社会復帰を難しくする。支援機関にたどり着ける若者は極一部に過ぎないことも付け加えておく。

 しかし、学校の外から川上の支援の重要性を説いても、高校はそう簡単には部外者に門を開てはくれない。地域若者サポートステーション(厚労省)は、平成25〜26年度に学校連携事業に予算付けをした。しかし、思うような成果が上がらず予算を打ち切った。

 どんなに高い志を持っていても、容易に校内での支援はさせてもらえないのが現状だ。手前味噌になるが、私が全国から講演の依頼をいただけているのは、高校とパートナーシップを築けた稀有な外部支援者だからである。

 きっかけは内閣府のモデル事業「よこはまパーソナル・サポートサービス(PS)」だった。平成24年5月に、私はPSの相談員として神奈川県立田奈高等学校に派遣されることになった。このチャンスに成果を挙げ、まだ手つかずの川上の支援を広がることに貢献したいと強く思った。

 出張相談の準備を進める中、校内見学の機会を得た。私とぴっかり図書館との出会いだ。司書の松田ユリ子さんは不在だったが、雑誌の表紙コピーを廊下に掲示し、図書館に馴染みのない生徒を入館させようという工夫が印象的だった。
 陽当たりの良い図書館内にはソファーがあり、本のセレクトも、その展示方法も魅力的で、なんといっても私の好きな音楽雑誌『ロッキンオン』があったのが良かった。館内や司書室にはビートルズやストーンズ、レッド・ツェッペリンのポスターが貼ってあり、“なんかいい感じ”がした。

 その頃、某高校の相談事業があまりうまくいっていないという話が耳に入った。曰く、相談室に生徒が行きたがらず、入室するのを他の生徒に見られたくないとのことだった。

 この情報に私は危機感を抱いた。相談は相談室で行うということが当たり前過ぎて、私は何の疑いも持っていなかったのだ。この情報から、相談という行為が生徒にとっては暴力的なほど、羞恥心と劣等感を生むということに気がついた。

 このことに私たち支援者(大人)はもっと自覚的にならなければならなかったのだ。さて、それを自覚したところで、完全アウェイの地、県立高校で私に一体何ができるのだろう? 

 支援業界で仕事を始めた数年間、私はフリースペース(居場所)の担当だった。そこで知ったフリーの意味とは、予約なしに自由にやって来て、自由に帰ることができ、居たければいつまでも居られる。誰とも話さない自由や、参加しない自由が保障され、誰からも強要されないフリーだった。

 これはまさに図書館である。敢えて強調すると保健室ではなく図書館だ。図書館は本というメディアのある居場所であり、司書はメディアと利用者をつなぐことのプロフェッショナルだ。これは居場所における支援者の役割に似ている。

 図書館も居場所も、押し付けがましいサービスは嫌われる。私たちと司書は“待ち”のサービスを提供する仲間なのだと思う。利用者を放置しているようで気を配り、目が合えばすぐに席を立ち声を掛ける。これは司書の仕事そのものであり、私たち支援者も日常的にしていることである。

 相違点は、私たち支援者はメディアにつなげることではなく、メディアを通じて人と人、人と社会をつなげることが目的である点だ。だが司書の役割も俯瞰すれば、同じことを目指しているのだと思う。

 私の背景にあるフリースペースの経験が、ぴっかり図書館を見たときの“なんかいい感じ”とつながり、私に相談室ではない場所として図書館を選択させたのだと思う。

 私が図書館で(暇を装うという高度なテクニックで)のんびり本を読んでいて、生徒は気が向いたときにだけ声を掛けられる。相談というよりも雑談ができ、興が乗れば相談もできる。隣のテーブルにいる専門家、そんなスタイルを私は学校に提案した。

 このアイデアがイケてるという確信はなかった。しかし、少なくとも誰も来ない相談室で日がな一日生徒を待つよりもマシなアイデアだと思った。校長は、我が校に合ったいいアイデアだと言ったが、司書が許可しないとダメだとも言った。

 私のイメージの中のスクエアな司書はこう言っていた。「図書館がおしゃべり禁止なのはご存知ですよね?」と。私は諦めかけていた。しかしラッキーなことに松田さんは二つ返事でOKしてくれた。曰く、私も図書館のメディアのひとつだそうだ。 

 図書館での相談がぎこちなくはじまった。松田さんは、私というメディアと生徒をつなぐ努力を司書として惜しまずにしてくれた。少しずつ、私と生徒が打ち解けると、日常会話から相談に展開するということが狙い通りに起きるようになった。

 恋愛相談から進路の不安を話し、面接についての助言から、不安定な家族関係についての話しをはじめる生徒がいた。「あの話、しちゃおうかなぁ」と、もったいぶったりする生徒もいる。これらは生徒が私という大人を試しているのだと思う。この「お試し」が気楽にできることが図書館で相談を行う最大のメリットなのである。

 高校生がダサい格好をした大人を“わかってくれない大人”と見なすことを私は経験上理解していたので、ファッションにも多少気を遣った。ファッションに限らず、相談者である高校生が相談員をビジュアル=非言語情報で判断できることは、相談に対する不安を軽減する効果を生む。

 生徒が相談の見通しを立てる上でも非言語情報は重要な情報であるはずなのに、多くの場合、相談者は相談員を言語情報でしか知りえない。不安の強い若者ほど言語情報だけでは行動に移すことができないのに。だから、学校にアウトリーチした支援者が相談室にこもっていたのでは意味がないのだ。

 振り返ると、結局のところ私が趣味のロックを通じて松田さんと仲良しになり、日常的におしゃべりしているところを生徒が見聞きすることが、実は生徒たちに一番の安心感を与えたのではないかと思う。こうして私は毎週現れる変な大人というメディアとしてぴっかり図書館に定着した。

 私と生徒との結びつきに司書の存在は欠かせない。週に一度しかいない私に、毎日図書館にいる司書が課題を抱えた生徒をキャッチアップし、私への相談を促してくれる。

 前述した場の特性上、図書館には困難を抱えた生徒が来所しやすい。そして、評価者ではない司書に対して、生徒たちは無防備にガードを下げているのではないだろうか? 司書は必然的に“何か”を発見してしまう。或いは発見して欲しくて来ている生徒が現れる、それが図書館ではないだろうか。

 その“何か”は曖昧だったり複雑過ぎて、本人ですら語ることのできない漠然としたカタマリであることが多い。司書が相談するように促したくても、漠然とした不安に対応するハードルの低い相談窓口は校内にない。担任との折り合いが悪い生徒は更に選択肢が限られる。

 今日も、全国の学校司書は“ちょっと気になる生徒”を発見してしまっている。しかし、どこにもつなげてあげられずに生徒は学校からフェイドアウトしていく。アンテナの感度の高い司書の皆さんほど、司書の専門性では抱えることの出来ないカタマリに手を焼いているのではないだろうか?

 しかし、田奈高校のぴっかり図書館には、促すにはもってこいの大人が能天気にギターを弾いて歌なんか歌っていたりする。その人は若者支援の専門家であり、横浜市内に広い支援ネットワークを持っていたりする。私である。

 私は司書からのパスを受け、漠然とした不安のカタマリを丁寧に、時に乱雑に解きほぐし、明確な課題にしていく。その課題が校内で解決することが難しければ校外の社会資源につなげる。

 これらは「だったら石井さんに相談してみなよ」と、司書の松田さんが私というメディアに生徒をつなぐことで実現している。この相談がランチルームだった場合、私のパートナーは誰がなってくれたのだろうか?

 全国の学校図書館に、司書とセットでユースワーカーを配置してみたらどうだろう。おしゃべり禁止なんてつまらないルールは捨てて。


NPO法人パノラマ 代表理事 石井正宏

この文章は、図書館雑誌平成28年7月号に掲載されたものを加筆修正したものです。

ともえちゃんのオープンマイクイベントやります!9月25日(日)@さくらWorks〈関内〉

ともえちゃん

ぼくが運営委員を務めている「ともえちゃん」という一風変わったイベントの告知をさせていただきます。ともえちゃんとは、とかく縦割りだと批判されがちな教育と雇用と福祉の垣根を、ぼくら現場から越えていきましょう!というオープンな会で、主に横浜・川崎エリアで活躍する方々が集まってます。

現在、「ともえちゃん」のイベントページからのお申し込みが残席15名となってます(定員50名)。毎回、FB以外からのお申込みが5~6名あるので、残すところは10名ちょっとかもしれません。ご興味ある方は迷わずお申し込みしちゃって下さい。教育・福祉・雇用セクションで働くワーカーや先生方との顔の見えるネットワークが一気に広がること間違いなしです。

先生に直接訊いてみたいこと。ケースワーカーに相談していたいこと。サポステや就労支援機関で働く支援者にぶつけてみたいアレコレをマイクに向かって語って下さい。

今回は、オープンマイクという新企画で、事前にエントリーしていただいた皆さんに、自由に自分の身の回りの社会課題について、その解決策や、不足している社会資源や人的資源についてプレゼンテーションしてもらい、不足部分を埋める議論を会場を巻き込んでやってみたいと思っています。

また、今回の会場は「さくらWORKS〈関内〉」のイベントスペースで行ない、そのままケータリングを頼んで、懇親会という展開で調整を進めています。 社会貢献DJが参加していますので、Good Musicに酔い痴れることもできますよ。是非、ご参加下さい。会場でお会いできることを楽しみにしています。

日時:9月25日(日)開場13:30 開演14:00 終了17:00
場所:さくらWorks《関内》
費用:500円
懇親会:あり(さくらWorksでそのままやります)
申し込み:FBイベントページまたは、3tomoechan@gmail.com まで。

NPO法人パノラマより 【カレーの食材を寄付ご協力のお願い】

カレパ

今年も、ぴっかりカフェのスペシャル企画として、「夏休みカレーパーティー」を開催致します!

毎週木曜日に開催しているぴっかりカフェですが、実は16時の閉店で生徒をスムーズに図書館から帰ってもらうのがけっこう大変で、「蛍の光(ナレーション入り)」を流して、帰宅を促したりしています。なかには「帰りたくない」と、はっきり言う生徒もいて、学校の外に居場所があんまりないんだなと感じることがあります。

きっと、夏休みにどこにも行けず退屈している生徒や、ひょっとしたら家の中にも居場所がない生徒もいるだろうと想像されますので、夏休みにも居場所を提供し、せっかくなのでみんなで美味しいカレーを作って食べようと「ぴっかりカフェのカレーパーティー」を企画したのが去年の夏です。

校長先生をはじめ、毎月最終週にコラボレーションしているNPO法人スペースナナさんにご協力をお願いし、生徒たちと一緒に美味しいカレーを作ることができました。60名近い参加者がいたように記憶しています。

感想文には「楽しかった」や「美味しかった」というものの中に、「こんなにちゃんとしたカレーを食べたのは初めてです」というものもありました。去年参加している生徒たちは「絶対来る!」と今から盛り上がっています。

そこで、毎回のことで大変恐縮ですが、皆さまに食材のご寄付の協力をお願いしたいと思っています。畑で採れ過ぎたとか、もらったんだけど食べきれない物等、あれば、前日(7月20日)までに田奈高校までお送り下さい。尚、食材寄付者の方で学校にいらっしゃれる方は、是非、生徒が作ったカレーを一緒に食べて下さると嬉しいです!

《お問い合わせ》
NPO法人パノラマ
npo.panorama@gmail.com

《寄付の送り先》
〒227-0034 神奈川県横浜市青葉区桂台2丁目39−2
神奈川県立田奈高等学校 松田ユリ子
電話:045-962-3135

以下の食材を希望していますが、サラダも作りたいですし、カレーなのでなんでもありがたいです。
• なす
• トマト(or トマト缶)
• タマネギ
• かぼちゃ
• エリンギ
• 人参
• ピーマン
• ニンニク
• しょうが
• スイカ
• ズッキーニ
• カレールー(銘柄及び辛さなんでも)
• 福神漬け
• お米
• ジャガイモ

開催日は7月21日(木)です。誠に勝手なお願いを重ねますが、できる限り直前の20日着で送っていただけますと、大変ありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします!

「ぴっかりカフェが学校図書館にもたらした意義の検討」神奈川県立田奈高等学校 学校司書、NPO 法人パノラマ理事 松田ユリ子さんの報告をまとめてみました。

横浜市立大学の高橋寛人教授がまとめた『神奈川県立田奈高校での生徒支援の新たな取り組み― 図書館でのカフェによる交流相談を中心に ―』(横浜市立大学編集、2016年3月発行)には、まさに立役者が勢揃いし、それぞれの立場から「ぴっかりカフェ」や「バイターン」を語っており、これ以降のリマインダーとしての機能を果たすであろう報告書になっています。

そんな報告書から、毎朝選りすぐりに名文にぼくがコメントを入れて個人アカウントと法人アカウントのfacebookにアップしており、学校司書の松田ユリ子さんを終え、現在は前校長の中野さんを連載しています。結局はgooddoのクリック寄付をお願いするという誘導コンテンツなんだけど、もっと多くの方に読んでいただきたいので、ブログにまとめることにしました。

日常の学校図書館が生徒にとってケの居場所であることと、ぴっかりカフェのハレの居場所は地続きでなければならないと考える。地続きであることが、生徒の実際的な支援を可能にしているからだ。1週間に一度のカフェでの生徒の様子と、日常の学校図書館あるいは学校での様子をカフェスタッフと教職員がすり合わせることによって見えて来るものがある。また、生徒のハレの居場所での体験が、ケの居場所での振る舞いに影響することや、その逆も当然起こり、むしろそうした循環が起こることが好ましい。


松田さんは「ぴっかりカフェ」を知るには、「田奈高校」と「ぴっかり図書館」の文脈を知る必要があると言います。外部支援者として5年間学校に関わっていても、毎日学校にいるわけではないために、読めてない文脈があることを改めて知ると同時に、外部支援者としての校内アイデンティティーを再確認させられました。それは、外部者だからこそ出来ることをもっと意識しよう、親和性を高めながらも外部という異質な手触りのある人材でいることを保とう。だからこそ意味や価値が生まれる。ただ、その際に松田さんのいう文脈を読むということは校内での人や情報の流れをデザインする上で重要なことだと再確認しました。

ぴっかりカフェは、生徒の学校における居場所の選択肢を増やしたことに価値があるが、それ以上に、学校外の居場所を知らせるということにこそ大きな価値がある。若者支援の専門家や、地域のフリースペースの運営者や、地元で起業している田奈高校 OB に、学校に居ながらにして出会えた生徒たちは、社会での居場所の選択可能性を知ることができる。


ぴっかり図書館で交流相談を開始してからというもの、生徒のいない時間や、仕事終わりに飲みながら、自分たちのしていることの意義について、松田さんと鈴木晶子さん(お二人が現在のパノラマの理事です)とよく語り合っていました。その当時、学校というセカンド・プレイスと地域というサード・プレイスの間にある2.5プレイスというコンセプトが浮かんだわけですが、この一文はまさに2.5プレイス感があると思います。そして、そのコンセプトを強化するのが、サードプレイスからd様々な大人たちがボランティアとしてやってくる「ぴっかりカフェ」なのです。

一方、ぴっかりカフェはむしろ教員の来店を心待ちにしている。教員も含めた持てる資源の全てを生徒の支援に注ぎ込むプラットフォームとして、ぴっかりカフェが設計されているからだ。(中略)ぴっかりカフェで、担任は抱えきれない生徒の課題を安心して外部の専門家に相談することができる。これは、学校図書館における教員の教科外活動の新しい支援のしくみとしても捉えることができる。


上記引用は、教師を入れさせない運営スタイルをとっている一般社団法人ドーナツトークが運営する、大阪府立西成高校の高校内居場所カフェ「となりカフェ」との比較ですが、これが興味深い。ちなみに、ドーナツトークの共同代表である辻田さんは、「となりカフェ」をオープンする前に、田奈高校の図書館で行っていた交流相談「田奈Pass」を体験しにいらっしゃったことがあり、その時の刺激が「となりカフェ」を生み、「となりカフェ」の刺激が「ぴっかりカフェ」を生んだのでした。石井は単純かつ勝手に「教師と生徒の出会い直しの場」というコンセプトを持っていましたが、松田さんは、学校図書館の基本機能のひとつとして教師を心待ちにしていたのですね、面白い。

カフェのアイディアを検討し始めた当初から、飲食が学校図書館の機能を阻害するほどの問題にならないことを、筆者は知っていた。学校司書として、これまで5校の勤務校の学校図書館における飲食問題と 30 年以上向き合ってきたからである。学校図書館における飲食問題の核心は、環境や資料が汚れることではなく、図書館は飲食禁止のはずだという大人への説明問題であった。


イノベーションを阻害するものはなにか?それは固定観念なんだろう、ということをこの文章から感じます。そして、それを超えて起こったイノベーションを、人は「破壊的イノベーション」と呼ぶわけです。実際、「ぴっかりカフェ」をそのように評価している人はいるし、図書館に対して既存の価値観しかなければ、カフェに足を踏み入れれば口があんぐりとなることは間違いないだろうと思います。しかし、破壊的イノベーションは一瞬の思いつきで起こるのではなく、絶え間ない葛藤と摩擦から生まれ、ひょんなことから誕生することが、この文章は教えてくれます社会起業家を目指すような人にも読んでほしいですね。

学校には昼休みがある。この 45 分という時間を学校の敷地内に囲い込まれてどのように過ごすのかは、どの高校生にとっても大人の想像を超える切実な問題である。特に問題となるのは、誰とどこで昼食を取るのかである。唯一の親しい友人が休んでしまった女子生徒が、教室でお弁当を広げる勇気がなく校内をさまよっているところを、図書館に誘ったこともある。女子生徒の場合、校内では一人で行動することを出来る限り避けようとする傾向が見られるが、昼食はその最たるものである。生徒の状況を知れば、学校図書館も困った生徒を受け入るのは当然と考えてきた。


こういうことって、読めば「あぁ、そうだろうな」と簡単に思うけど、お昼休みに高校の廊下を歩いて、たくさんの生徒とすれ違っても気付けないというか、想像できないんですよね。人は想像できないことに手を回せません。ぼくを含めた外部支援者はこういうことに対しての用意がないのです。高校内での支援を開始した際や、司書や教員をパートナーとして支援する際に、もっとも助かったことは、このような生徒心理から、ラインを引いてもらえることでした。ラインを超えた支援に生徒はついて来れないですし、ラインに到達していない支援はスルーされます。当然、そのラインが外部支援者により引き上げられることがあります。それこそが学校連携ではないかと思うのです。ここに、外部支援者の校内アイデンティティーがつながっていきます。

学校司書の多くが、学校図書館でさまざまな困難を抱えた子どもに出会い、支援の方法に悩んでいる。担任と情報を共有することすら困難な場合も少なくない。多くの場合、子どもの話しを聴いてガス抜きをすることしかできず、根本的な解決に至らず終わってしまう。困難を抱える子どもを発見しても、次につなげるしくみが無いことが問題である。田奈高校で、ぴっかりカフェの前身の図書館での「交流相談」が始まってから、発見した課題を解決に結びつけるしくみが身近に出来たことによって、この問題は解決した。


若者支援の流れは、発見→誘導→支援への参加→出口→定着と言われています。その中のもっとも大切な、発見→誘導→支援への参加の初動に対する一手が打てないのが若者支援業界だと思います。次の一手は、この初動に対する課題解決モデルの構築と、この流れに加わらせない予防支援であることは間違いありません。NPO法人のパノラマの打った手は後者であり、司書による発見→誘導が若者支援の専門家にダイレクトのパスがつながったことで課題が解決し、この流れが校内に広がり担任からのダイレクト・パスが可能になっています。

「指導」ではなく「支援」マインドを持つ若者支援者と図書館は相性がいい。学校図書館の場合は、公共図書館の司書とは異なり「指導」も必要な場面は当然あるものの、むしろ教育学における「指導」は、今後ますます「支援」へとシフトすることが求められている状況に照らせば、支援的マインドの大人が学校に増えることは時代の要請と言える。外部の若者支援者が学校にアウトリーチする場合、専門職員が常駐する学校図書館を視野に入れることを、もっと積極的に考えることは有効であろう。


「指導から支援へとシフトすることが求められている状況」がいかなる状況かを語るには、恐らくもう一冊報告書が必要だと思いますが、端的に言えば、教育、或いは学校という既存のフォーマット、手法では収めきれない児童・生徒が教室という枠から溢れ出していることを指していると、ぼくは解釈しています。溢れ出してしまった生徒を教育的指導でキャッチアップしようとしてもそれは不可能で、より福祉的な支援マインドや制度活用、それを実現するソーシャルワークが求められているのが現状だと思います。今、それを学校がするのかしないのか、誰がやるのかという過渡期にあり、田奈高校の実践及びパノラマの活動には多くの可能性とサジェスチョンを含んでいると実感しています。

生徒に文化的シャワーを浴びせることは、生徒の予防的支援の観点からだけでなく、学校図書館が担うべき情報リテラシー教育の観点からも必要なことである。「情報リテラシー」の一般的に用いられてきた定義は、「情報か必要なとき、それを認識し、効果的に発見、評価、利用する能力」である。野末(2014)は、それを「コミュニティにおける問題解決の手段」と言い換え、情報リテラシー教育を「問題解決の能力を身につけるための手段」としている。(中略)ぴっかり図書館における情報リテラシー教育の可能性は、とてつもなく広がったと言える。


NPO法人パノラマが取り組んでいる予防支援は、今すぐに際立った成果の出ない地味な取り組みです。成果主義が社会貢献事業やNPO法人内でも声高に成果を求められる昨今、「ぴっかりカフェ」にやってきたボランティアさんや、見学者の方がほっとしたように表情をゆるめ、「素敵な取り組みですね」とおっしゃっていただける背景には、成果を追わない自然な関係が生徒たちと築けていることがあるからだと思っています。そしてその成果は、彼ら、彼女らが守られていた学校を離れ、社会に出て必ず訪れる転機を迎えたときに現れてほしい。その際の課題解決の手段として、「ぴっかりカフェ」に足を運ぶという選択肢を持っていてほしいと願います。

次回は、前校長の中野和巳さんの報告をまとめたいと思います。
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